夫の一周忌、家族や大工仲間が集まった食卓で、長男の嫁が私に言った。「こんな立派な料理が並ぶ席に、貧乏な底辺ババアは似合わないですよ」。その場の笑い声が一瞬で消えた。私は73歳の年金暮らしの婆さんだと、みんなの前で笑いものにされた。でも、その時隣にいた次男の嫁が静かに口を開いた。「お姉さん、知らないんですか?」。その言葉で、美咲の顔色が変わった。私は何も言わずに、ただ窓の外の倉庫を見つめた。…

夫の一周忌、家族や大工仲間が集まった食卓で、長男の嫁が私に言った。「こんな立派な料理が並ぶ席に、貧乏な底辺ババアは似合わないですよ」。その場の笑い声が一瞬で消えた。私は73歳の年金暮らしの婆さんだと、みんなの前で笑いものにされた。でも、その時隣にいた次男の嫁が静かに口を開いた。「お姉さん、知らないんですか?」。その言葉で、美咲の顔色が変わった。私は何も言わずに、ただ窓の外の倉庫を見つめた。...

「あら、ケンさん、1年ぶりに見たら、ずいぶん貫禄が出たんじゃない?」
「よし子さんこそ、全然変わってないですよ」
「何言ってるの。私はちゃんと1つ年を取ったわよ」

久しぶりの笑い声が、我が家に響いていた。今日は夫の一周忌。長男一家と次男一家、近くに住む親戚、そして生前夫と一緒に働いていた大工仲間たちが集まる日だ。

「おばあちゃん!」
「あら、また背が伸びたんじゃない?」
「2センチ伸びたよ」
「そのうち私、抜かれちゃうわね」

1年前、夫は突然の病で息を引き取った。もちろん寂しさはある。それでも、夫を覚えていてくれる人たちがこうして家に集まってくれる。私は朝から嬉しくて仕方がなかった。

せっかくだからと、近所の高級料亭から少し豪華な仕出し料理も取り寄せた。

「お母さん、こんなに頼んだんですか?」

次男の嫁の沙織が、重箱を見て目を丸くする。

「ちょっと奮発しちゃった。お父さんも味にうるさかったし、賑やかな方が喜ぶでしょ」

そこへ大工のケンさんが、我が家の柱を見上げて笑った。

「この柱、親方が最後までこだわってたところですよ」

「そういえばそうね。少しでも曲がってると全部やり直すって、怖かったなあ」

「親方、あなたもよく怒られてたわね」

笑い話で、みんなが笑った。長男の優太も言う。

「俺が小学生の時、父さんは夏休みの工作だけは絶対手伝ってくれなかったよな」

ケンさんが笑う。

「工作は自分で作らなきゃ意味がないだろう。でも、夜中に曲がった釘だけこっそり直してたんだぞ」

また笑い声。私は思わず「夫らしいわね」とつぶやいた。その時だけ、少し胸がキュッとなった。でも、孫たちが料理を取り合い、次男夫婦も笑いながら台所を手伝ってくれる。悲しいだけの日にはしたくなかった。

ところが、一人だけ長男の嫁の美咲は、どこか退屈そうだった。そして、私の畑で取れた大根の煮物を見るなり、

「これもお母さんが作った野菜ですか?」

「そうよ。今朝取ったばかりなの」

「へえ」

口元だけで笑い、美咲は料亭の方を指さした。

「私はこちらの方をいただきますね」

その言い方に、少しだけ空気が変わった。それでも私は、

「美咲さん、せっかくだからたくさん食べてね」

と笑った。すると美咲は、私を見て言った。

「そうですね。お母さんも普段こんな料理食べられないでしょうし、年金暮らしなんですよね」

長男の優太がすぐに「美咲、やめろ」と低い声で止めた。でも美咲は続ける。

「だって本当でしょ」

そして、親戚や大工仲間がいる前で、笑いながら言った。

「こんな立派な料理が並ぶ席に、貧乏な底辺ババアは似合わないですよ」

家の中から笑い声が消えた。優太が立ち上がる。その時、隣にいた沙織が呆れたように口を開いた。

「お姉さん、知らないんですか?」

美咲が前のめりになる。

「知らないって、何を?」

私は名前はよし子、73歳。ちょうど1年前に夫の正を突然の病で亡くした。今は夫が建ててくれたこの家で一人暮らしをしている。

正は大工だった。無口で頑固、絵に描いたような職人さんだった。でも家族には優しい人だった。この家も「家族がいつでも帰って来られる場所にしたい」と言って、自分で建ててくれたものだ。

庭の奥には小さな家庭菜園がある。元々私の実家は農家だった。結婚してからも、夫と二人で野菜を育ててきた。

「今年は俺のトマトの方が甘いな」

「もちろん水をあげてるのは私だからね」

夕方、二人でそんなくだらない話をする。それが私たちの日常だった。

そんな夫との間には息子が二人、長男の優太と次男の比樹がいる。二人とも今は家庭を持っている。次男の比樹の妻、沙織は本当によくできた人だ。我が家へ来ると「お母さん、今日何か手伝います」と自然に台所へ立ってくれる。畑の野菜を渡せば「嬉しい。いいんですか? こんなにもらって。今日煮物にしますね」と喜んでくれる。孫たちも「おばあちゃんのトマト甘いよ」と畑で走り回ってくれる。そんな時間が、私にとって一番の幸せだった。

でも、長男の優太の嫁、美咲だけは違った。初めて家へ来た日のこと。家の中を見渡して「随分古臭い家ですね」と言った。そして「お二人って、大学はどちらですか?」と聞かれた。

「私たち二人は高卒よ。夫は高校を出てすぐ大工になったわ。昔は大体そんなもんよ」

すると美咲は「えっ」と大げさに驚いた。

「優太さんは国立大なのに、よく大学まで行けたんですね」

長男の優太がすぐに「おい、失礼だろ」と注意した。でも美咲は「別に悪い意味じゃないよ」と笑った。その時、私は口調や態度で分かった。この人は学歴や住んでいる場所で人を見る人なんだと。

やがて、優太と美咲の間に娘の杏奈が生まれた。初孫ということもあり、私と正は大喜びだった。ところが、私が杏奈を抱こうとすると、美咲が止めた。

「待ってください。さっきまで畑触ってましたよね」

「手なら洗ったわよ」

「でも、ばい菌がいっぱいなんですよ」

まるで私が汚いもののような言い方だった。ある日、孫の杏奈が遊びに来たので、採れたてのトマトを持たせようとすると、

「いりません」

美咲が遮った。

「うちはちゃんとしたお店で買いますから」

杏奈は「食べたい」と言ったが、それでも美咲は「だめ。食べ物じゃないの」と袋を私へ返した。正はその夜、珍しく怒っていた。

「俺たちが何をしたって言うんだ」

私は少し俯いて「もういいのよ」となだめた。でも本当は悲しかった。それでも、杏奈が成長するにつれて、正月などには顔を見せてくれるようになった。杏奈自身はこの家が好きだったからだ。難夫婦の子供たちと庭を走り回れば、畑にも興味津々。

「おばあちゃん、これ何?」

「キュウリよ。こんな小さいのが、これから大きくなるのよ」

目を輝かせる杏奈を見て、私は嬉しくなった。

そして1年前の今日、夫の正が亡くなった。葬儀には本当にたくさんの人が来てくれた。大工仲間に近所の方、昔のお客様まで。「正さんに家を建ててもらったんです」と言って涙を流す方もいた。ところが美咲は「随分人が来るんですね。でも、みんな田舎の人ばっかり」と言ったのだ。その時、初めて私は強く言った。

「美咲さん、正を見送る日にそんなこと言うのはやめて」

「私は正直に言っただけです」

それから、私は距離を置くようになった。時が経ち、今日の一周忌。長男の優太は亡き父との思い出を美咲にも聞いて欲しかったのだろう。だから家族みんなでこの家に集まった。楽しかった。本当にあの言葉までは。

「貧乏な底辺ババア」

美咲がそう言った瞬間、沙織が言った。

「お姉さん、お母さんは年金だけで生活してるわけじゃないですよ」

美咲が笑った。

「じゃあ、何で生活してるの?」

沙織は窓の外を指した。

「あそこに大きな倉庫が見えるでしょう。あの土地、お母さんのものですよ」

美咲の表情が止まった。実家の農家を継がなかった私は、両親からかなり広い土地を相続していた。畑として使っているのはほんの一部。残りの土地は物流会社などへ貸している。そのため、今も毎月収入がある。

「じゃあ……」

美咲の声が小さくなる。

「お母さん、お金持ってるんですか?」

私は思わず笑った。

「それが何?」

「え?」

「私がお金を持っていたら、さっきあなたが言ったことは失礼じゃなくなるの?」

美咲は黙った。

「土地があってもなくても、高卒でも農家でも大工でも、人を馬鹿にしていい理由にはならないでしょう」

すると美咲が「私は杏奈のために言っただけ」と言いかけたが、その時、私のせいにしないで、と杏奈が言った。

「杏奈、私、おばあちゃんの野菜好きだよ。この家も好き」

美咲の顔が引きつる。

「あなたは子供だから、まだ分かってないだけよ。ちゃんと勉強していい大学へ行って」

「私、農業の勉強したい」

美咲が固まった。

「野菜を育ててる人たちの役に立つ仕事がしたい」

そして杏奈は、まっすぐ母親である美咲を見た。

「私、お母さんみたいに人を見下す人にはなりたくない」

何も言えなくなった美咲の横で、優太が静かに立ち上がった。

「もう終わりにしよう」

「優太、何度も言ったよな。父さんや母さんをバカにするのはやめろって。まで傷つけて、それでも自分が正しいと思うなら、もう一緒には暮らせない」

美咲は泣きながら「私は家族のために言ってたのよ。学歴がなければ大変な思いするじゃない」と繰り返した。私は最後に言った。

「美咲さん、あなたの学歴は立派なのかもしれないわ。でも、人を思いやることまでは学べなかったのね」

それ以上、何も言う必要はなかった。

その後、優太と美咲は別々の道を歩むことになった。そして今、杏奈は時々私の畑へ遊びに来る。

「おばあちゃん、トマト赤くなってる」

「あら、本当ね。これ食べていい?」

「洗ってからね」

「はーい」

正がいた頃と同じように、この家には今日も笑い声が響いている。私は時々仏壇の正に話しかける。

「正、今日も賑やかだったわよ」

学歴、肩書き、そしてお金。もちろんどれも人生では大切なのかもしれない。でも、誰かを大切にできることと、人の痛みを想像できること。私は孫にそんな思いを受け継いでもらえたらと思っている。そして、夫が残してくれたこの家で、これからもみんなが集まるのを楽しみに待っていようと思う。

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