娘のひかりが生まれて初めての誕生日。私は朝からキッチンに立ち、いつもよりずっと豪華な食事を準備した。壁にはカラフルなバルーンや飾りをつけ、卵を使っていない安全なバースデーケーキも手作りした。ひかりは色とりどりのバルーンを見て、キャッキャと声をあげて喜んでいる。その笑顔だけで、すべての苦労が報われる気がした。
午後、夫の大輔が帰宅する前にお散歩にでも行こうかと思っていた矢先、義母からLINEが届いた。
「ひかりちゃん、お誕生日よね。今からプレゼント持っていくから」
また何か言われるのだろうか。正直、会いたくなかった。けれどプレゼントまで用意してくれているのに、無下にはできない。私はため息をついて、娘を抱き上げながらチャイムが鳴るのを待った。
義母をリビングに迎え入れると、彼女は飾りつけられた部屋を見渡していた。何も言わず、ただ黙って見ている。今日は何を言われるのだろうとうんざりしながらお茶を準備していると、義母は意外にも穏やかな声で言った。
「はい、お誕生日プレゼントよ。今日は記念日だもの。ちゃんとひかりちゃんにあげてね」
娘のことを考えてくれているのは、素直に嬉しかった。いつになく上機嫌な義母に、私も少しだけ警戒を解いた。けれど、その直後、恒例の言葉が飛び出した。
「で、男の子はいつ生むの?」
私は正直に自分の気持ちを伝えることにした。無理をして二人目を作る予定はないこと。自然に授かれるのを気長に待つつもりだということ。すると、上機嫌だった義母の顔がみるみるうちに歪んでいった。
「勝手なこと言わないでちょうだい。跡取りを生まないなんて、許さないわよ」
その鋭い声に驚いたひかりが泣き出した。私は娘をあやしながら、夫も私と同じ気持ちだと伝えた。これは私たち夫婦の問題だ。いくら夫の母親だからといって、踏み込んできていい問題ではない。何を言われても、私は意見を変えるつもりはなかった。
私の強い決意を感じ取ったのか、義母はふんと鼻を鳴らして立ち上がった。
「まあいいわ。そのうち分かるでしょう。じゃあね、さようなら、ひかりちゃん」
最後に娘に向けて、嫌な笑顔を向けて去っていった。今まで一度も娘に話しかけたことなどなかったのに。その行動と笑顔に、私は違和感を覚えた。けれど、思ったよりも早く帰ってくれたことに安堵し、深く考えるのはやめた。
大輔が帰宅した後、今日の出来事を話すと、彼は大きなため息をついた。
「跡取りか……うちは代々続く大農家ってわけでもないのに、本気で言ってるのかな」
「うん……でも、今日は娘にプレゼントまで用意してくれてたんだよ」
「母さんもなんだかんだ喜んでくれてるのかもな」
そう言いながら、私は義母からのプレゼントをテーブルに置き、ワクワクしながら箱を開けた。すると、その瞬間、信じられないものが目に飛び込んできた。私は思わず声をあげ、箱ごとゴミ箱へ叩きつけた。
「おい、何してんだよ!」
夫が驚いて叫ぶ。もらったプレゼントを捨てるなんて非常識だと言ってきた。けれど、このプレゼントには義母の悪意しか感じられなかった。
「だってこれ、ブランド卵を使った有名なお菓子だよ! これがどういう意味か分かる?」
私は泣きながら大きな声で感情をぶつけた。ゴミ箱からお菓子の箱を拾い上げた夫の顔が、瞬時に真っ青になった。
ひかりは重度の卵アレルギーがある。医師からは、口に入らないよう細心の注意を払うように言われている。万が一口に入ってしまえば、呼吸困難や意識障害など、重篤な症状を引き起こすこともあるのだ。卵を使っている料理は多いため、私たちは日頃から徹底的に気をつけている。今日の誕生日ケーキだって、卵を含まない安全な材料で工夫して作った。もちろん、義母にも何度も伝えてある。私たちの周りの人間は、みんな知っていることだった。
それなのに、義母は笑いながら「ちゃんとひかりちゃんにあげてね」と言った。
もし娘が食べていたら。そう考えるだけで、全身の血が引いていくような恐怖に襲われた。怒りでどうにかなりそうだった。
夫はお菓子の原材料表示をじっと見つめ、無言で震えている。必死に怒りを抑えているのが分かった。
「……ひどすぎる。これは、許せることじゃない」
夫の声は低く、静かだった。そして、義母の家に直接行くと言い出した。私も娘を抱いて、一緒に行くことにした。
義実家に着くと、夫はチャイムも鳴らさずにドアを開け、怒りをあらわにして義母の元へ向かった。急な訪問に驚いた義母は、しかしすぐに私を睨みつけて悪態をついた。
「まあ、非常識ね。挨拶もなく上がり込むなんて、さすが教育のなってない家の出ね」
「非常識なのはどっちですか? アレルギーのある娘に、こんなプレゼントを送るなんて。嫌がらせにも限度がありますよ」
「あら、気に入ってくれなかったの? ちゃんとあげてって言ったのに。それに、大げさすぎるわよ」
けろっとした顔でそう言い放つ義母に、私は恐怖すら覚えた。娘にとっては命に関わる大問題だ。なのに、この人は悪びれもしない。今後も何か仕掛けてくるかもしれない。もうこの人のそばで過ごすことはできないと、そう感じた。
私はふと夫の顔を見た。すると、夫はものすごい形相で義母を睨みつけている。
「いい加減にしろ。自分が何をしたか分かってるのか? 一歩間違えば、娘の命だって危なかったんだぞ」
夫がこんなにも怒りをあらわにしている姿を、私は初めて見た。普段は温厚で、争いごとを何より嫌う人だ。義母も初めてだったのだろう。明らかに動揺している。
「な、何よ。女の子なんて役に立たないじゃない。今度はちゃんと男の子を作ればいいじゃないの」
この人は、命を何だと思っているのだろう。義母はさらに続けた。
「嫁は跡取りである男の子を生まないなら必要ないわ。もう離婚すべきよ。私がちゃんとした女性を紹介してあげるわ」
すると、夫は打って変わって、感情の消えた表情で静かに語り始めた。
「じゃあ、母さんにとって俺たちは必要ない存在だな。今日限りで縁を切るから、もう俺たちの前に現れないでくれ」
義母は慌てて言葉を取り繕おうとしたが、夫の決断は変わらなかった。最終的に義母は「男の子を生まなかった私が悪い」と攻め立てた。それを聞いた夫は、冷たく言い放った。
「なあ、知ってる? 男の子ができるかどうかって、実は男側の問題なんだぜ。つまり、俺に問題があるってことだよ。母さんの理論だと、俺が不要なやつってことになるな」
そう言い残して、夫はドアを開けて外へ出ていった。最後に見た義母は、何も言い返せず、口を大きく開けたまま、床にへたり込んでいた。
私たちはすぐに行動に移した。義母がこちらに接触してくる前に、携帯電話の番号を変え、引っ越しの手続きを進めた。義母が気づく前に、新しい家へ移り住むことができた。
大輔に「本当にいいのか」と確認すると、彼は静かに言った。
「我が子に害を加えようとする人は、親でも何でもない。それに、母がしたことを何度でも謝るよ。すまなかった」
新しい環境にも慣れ、義母からの連絡は一切なくなった。私たちは連絡先や住所が漏れないよう徹底し、私の両親にも「義母から聞かれても答えないでほしい」と伝えておいた。しばらくして、義母が両親に私たちの連絡先を教えてほしいと連絡してきたらしいが、両親は「知らない」ととぼけたそうだ。
ちなみに義母はその後、ギャンブルにはまって借金を抱え、土地まで売り払い、住み込みで必死に働いているらしい。両親はすべての事情を知っているので、「自業自得だね」と一言で済ませていた。
私たち夫婦はどうしているかと言えば、あの義母というストレスから解放され、穏やかな日々を取り戻すことができた。引っ越して数ヶ月後、私たちは二人目を授かった。現在妊娠六ヶ月。なんと、お腹の子は男の子らしい。
でも、私たちにとって性別は関係ない。元気に生まれてきてくれるだけで、それだけで十分に幸せなのだ。娘と、まもなく生まれてくる新しい命をしっかり守りながら、あたたかい家庭を築いていきたい。それが、今の私のいちばんの願いだ。



