「今すぐ出ていけ。あんたの代わりなんて星の数ほどいるんだから。」義母のその一言で、私は静かに荷物をまとめて家を出た。専業主婦になって二ヶ月、毎日のように浴びせられる罵倒に耐え続けてきたけれど、ついに限界が来たのだ。夫は単身赴任でいない。頼れる人は誰もいない。実家へ向かう車の中で、私は涙を必死に堪えていた。しかし数時間後、インターホンが鳴り、ドアを開けた私の目の前に、あの義母が立っていた。目を…

「今すぐ出ていけ。あんたの代わりなんて星の数ほどいるんだから。」義母のその一言で、私は静かに荷物をまとめて家を出た。専業主婦になって二ヶ月、毎日のように浴びせられる罵倒に耐え続けてきたけれど、ついに限界が来たのだ。夫は単身赴任でいない。頼れる人は誰もいない。実家へ向かう車の中で、私は涙を必死に堪えていた。しかし数時間後、インターホンが鳴り、ドアを開けた私の目の前に、あの義母が立っていた。目を...

「今すぐ出ていけ。あんたの代わりなんて星の数ほどいるんだから。」苛立った義母の声が居間に響く。その一言で、私の我慢は完全に限界を超えた。ここにこれ以上いる理由はない。私は冷静に「わかりました」と答え、実家を出た。だが、その数時間後に、人が変わったような姿の義母が私の前に現れるとは、その時はまだ知る由もなかった。

私の名前は前田美咲、二十八歳の専業主婦だ。夫の幸博とは昨年結婚した。現在は夫の実家で、義母と義祖父と一緒に暮らしている。結婚前から夫とは同居の話をしていたが、いつかは別居したいと思っていた。まさか結婚して二ヶ月ほどで同居が始まるとは、まったくの予想外だった。

義祖父は義母の父にあたる人だ。義母の夫である義父が昨年亡くなった時、義母は実家へ帰ってきた。すでに義父は他界しており、義母が実家に住み始めてからしばらくは二人で暮らしていた。しかし、やはり若い人の手が必要だということで、夫に声がかかったのだ。三世代が一緒に暮らすのは、きっと大変だろうなと思い、最初はあまり気が進まなかった。

しかし夫から「仕事はしなくていい。家のことに専念してくれればいい」と言われた。仕事の疲れもあった私は、これを機に仕事を辞めることにした。そして私は、結婚して初めての専業主婦になった。夫が私に義母たちの面倒を見てほしいと思っているのはわかっていた。仲良くできるだろうと楽観視していたが、その考えはすぐに甘かったと知ることになる。

義母は家事をやる気がほとんどないようで、最初に言われた言葉がすべてを物語っていた。「あなたは専業主婦になったのよね。それじゃあ家事は全部お任せするわ。おじいちゃんの世話も頼むわよ。」私は一瞬、それじゃあ飯使いじゃないかと思ったが、専業主婦なのだから当たり前だと思い直した。ただ、その言い方だけはどうしても感じが悪かった。

「使えない嫁だと思ったらすぐに追い出すから。そのつもりでね。」苛立つ言い方だったが、私は我慢して笑顔で「はい」と答えた。厳しいけれど、きっと義母にも優しいところがあるだろう。淡い期待を抱きながら、同居生活は始まった。

しかし、実際に生活が始まると、義母はただただ厳しいだけだった。私がやることなすこと、すべてに文句をつけてくる。洗濯、料理、掃除、あらゆることにダメ出しが始まった。「私が教えたことを守れないの? 何度言ったらわかるの? どれだけ頭が悪いの?」そう毎日のように言われる。

私は自分なりに一生懸命やっているつもりだったが、義母の考えを知りたいと思い、義母がいない日に数回ハウスキーパーに来てもらった。その人は家事の達人と言っていいほど手際よくこなしていく。これで義母がダメ出しをしなかったら、私の家事が悪いのだと納得できる。そうなれば、私はもっと謙虚に義母の言葉を聞こうと思っていた。

その日の午後、ハウスキーパーが帰り、その後で義母が帰ってきた。「今日は綺麗に掃除ができているね」と言うかどうか見守っていたが、案の定、義母のダメ出しはいつもとまったく同じだった。ということは、義母は家事の出来栄えを見ているのではなく、私のことをいびりたいだけだとわかった。

義母は単に私のことが嫌いだったのだ。同居を始めた頃から義母の態度は冷たく、あまり好かれていないことはわかっていた。しかし、こうも露骨な態度を毎日のように取られると、私にもストレスが溜まる。できる限り気にしないようにしようと思うが、苛立ちを感じずにはいられない。それでも私は、黙って耐える道を選んでしまった。

夫は結婚してすぐに単身赴任で家を離れてしまったので、夫に助けを求めるのは気が引けた。それに、夫にとって血のつながった家族は義母と義祖父しかいない。不要な争いを避けたいという考えもあり、私は胸の内にモヤモヤを抱えながら、義実家での日々を過ごしていた。

しかし、ある日を境に、この生活に一筋の光が差し込む。それは義祖父との囲碁だ。私は子供の頃に祖父から囲碁を教わっていた。その経験が生きて、義祖父との良好な関係を築くことができたのだ。義祖父は足が悪いので家にいることが多い。ある日、義祖父が一人で碁盤を前にして勉強しているところに、私が声をかけたのが始まりだった。

家事が一区切りついたところだったので、そのまま一局打つことになった。お互いいい勝負ができて、義祖父は嬉しそうに笑った。その日から、なんとなく気難しそうだった義祖父の態度が変わり、定期的に囲碁に誘われるようになる。「いや、新しい友達ができたみたいで嬉しいよ。また勝負できるか。」以前、義祖父には囲碁仲間がいたのだが、みんな入院したり施設に入ったりして、しばらく顔を合わせていないそうだ。

義母は外出が多い人で、家にいても義祖父の相手をしない。そこへ私という囲碁相手が現れた。夫から義祖父について聞かされていたのは、無口であまり笑わない、少し怖い人だということ。しかし、私と一緒にいる時の義祖父は終始ニコニコしていて、まったく怖くない。本当に楽しそうにしていて、それが表情にもよく現れていた。

義母からの毎日の嫌みや罵倒に疲れていた私にとって、義祖父の存在は救いのようだった。義祖父にとっても、私との時間は楽しく癒しの時間になっているようだ。しかし、そのことを義母はあまりよく思っていなかった。義母からすると、怖い義祖父が私と楽しそうにしているのが気に食わないのだろう。義祖父の部屋から出てきた後は、嫁いびりがきつくなることが多かった。

とはいえ、義祖父との時間は大切にしたい。私は義母から何を言われても、これだけは譲りたくないと思った。義祖父の遊び相手となり、話し相手となることが、私の日課になった。「本当に嫌な嫁ね。帰ったら覚えてなさいよ。」義母はそんなことを言って舌打ちするが、私は無視を決め込んだ。

そんな中、義祖父が検査入院をすることになった。義母が義祖父を病院に連れて行ったのだが、帰って早々に顔を真っ赤にして怒り出した。私を睨みつけながら、義母がこっちへ向かってくる。「あんたね、むかつくのよ。」いきなりそう言われて、私は戸惑う。義母の嫌みや罵倒には多少の免疫はあるが、こうも喧嘩腰に来られると、どう対応すればいいのかわからない。何にむかついているのかわからないまま、私は「すみません」と謝った。

「何がすみませんよ。調子に乗るんじゃないわよ。」今日の義母は相当に苛立っているようだ。「じいさんを味方につけたからって、あんたは所詮他人なのよ。」義祖父を味方につけるとはどういうことだろう。意味がわからない。

その後、義母は病院での出来事を話し出した。昔から義祖父を知る看護師さんから言われたことが、その発端らしい。その看護師は義祖父の最近の変化を話したそうで、義祖父のことを「以前より表情が明るくなった」と言ったそうだ。そしてその理由は、私との日課である囲碁だという。「お義父さんは、嫁さんが来てから囲碁ができて楽しいんだ」と笑顔で言っていたらしいが、その言い方が義母の気に触ったようだ。

過去に一度も娘の話をしたことがない義祖父から、孫の嫁の話が出た。義母は遠回しに「自分は使えない冷たいやつだ」と言われている気がしたらしい。義母の被害妄想のようにも聞こえるが、私は義母の攻撃的な態度に押されて何も言えない。私はただ、同じ屋根の下で暮らす義家族と楽しく暮らせたらいいと思っていただけだ。義母だって、お互いその気になれば仲良くできるはず。しかし義母は私のことが気に入らないので、それは無理な話だ。

結局のところ、義母は私に何か言いがかりをつけたいだけなのだろうと思い、私は反論もせずにいつものようにやり過ごそうと考えた。しかし今日の義母はそれでは終わらない。「最近私の体調が悪いのはあんたのせいよ。あんたが来てからストレスがすごいのよ。」それから義母は、夫が単身赴任になったのも、家での生活が楽しくないのも、全部私のせいだと言い出した。「専業主婦のくせに、家事もまともにできない嫁なんていらない。」

そして義母は追い打ちをかけるように言った。「邪魔だから今すぐ出ていけ。あんたの代わりなんて星の数ほどいるんだから。」ついに義母の口から、私を追い出す言葉が出た。何も言わずに耐えてきたが、さすがにこれには我慢ができない。「わかりました。それじゃあ出ていきますね。」こんなに理不尽なことを言われて、挙げ句の果てに出ていけとまで言われた。私にはこれ以上この家にいる理由はないと思い、冷静に答えた。

夫には事後報告になるが、後で説明することにしよう。私はこの家に戻ってくるつもりはなく、とにかく早く出ていきたかった。急いで自分の荷物をまとめて、義実家を出た。「では、さようなら。」私の挨拶を義母は完全に無視していた。私は気にせず家を出て、自分の実家へ向かった。

突然私が帰ってきたことに驚く両親だったが、理由を説明すると納得してくれた。毎日のように嫁いびりを受け、出ていけと言われてしまったのだ。義母の件を説明すると、その理不尽さに両親も腹を立ててくれた。「よく耐えたね。」父のその言葉に、私はようやく肩の力が抜けた。

それから数時間が経ち、母と一緒に夕食の支度をしていた時だ。突然我が家のインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうと玄関に向かうと、ドアを開けて驚いた。目を真っ赤にして立っている義母がいたのだ。何かに追い詰められたような、必死の形相をしている。すると義母は突然、膝まづいて土下座を始めた。額を床につけながら、何度も「ごめんなさい」と謝る義母。「お母さん、いきなりどういうことですか?」私が問いかけても、義母は土下座の状態のままだ。

そこへ、大声を聞いて駆けつけた私の母が現れた。一瞬眉をひそめた母だが、土下座をする義母に駆け寄り、体を起こさせた。ようやく顔をあげた義母の顔は真っ赤になっており、目には大粒の涙が流れている。「何のことなのか、こちらはまったくわかりません。まずはお話を聞かせてください。」母が優しく声をかけると、義母は我に返ったような顔をして、ゆっくりと立ち上がった。そして居間へ案内し、母がお茶を出す。

義母はお茶を一口飲んでから、ようやく話し始めた。私を追い出して数時間ほど経った頃、突然義祖父が帰ってきたそうだ。検査入院の手続きは無事に済ませたのだが、検査の機会が一つだけ整備中で、一日伸びてしまうことになった。それを聞いた義祖父は「それだったら明日また来る」と言って、自分で退院してきたのだ。帰ってきて早々、前回の囲碁で負けたことを言いながら、私のことを探し始めた。「負けを取り返さないといけない」と、かなり元気な様子だったという。

そして義母が「使えない嫁は追い出した」と義祖父に伝えた途端、義祖父は激しく怒り出したそうだ。「何だ、お前はバカか。そんなに賢くて面白い嫁さんはいないぞ。誰が見たって使えないのはお前の方だ。」義祖父は弱い足を引きずりながら義母に詰め寄った。義母はその気迫に驚き、怯えながらその場から逃げ出そうとするが、素早い動きをした義祖父に捕まえられてしまった。必死に謝る義母に、義祖父はこう言った。「今から嫁さんに謝ってこい。ちゃんと許してもらったら連れて帰ってくるんだ。」

その勢いに押され、義母は家を出たそうだが、実際のところ義祖父の言い分には納得できていない。私に対して「義祖父に気に入られたからと言って調子に乗るな」と言い放ったくらいだ。不本意な状態で歩いている時、夫から電話がかかってきたという。夫も義母にかなりの強さで怒ったらしく、さらにはその電話で義母は衝撃の事実を知った。

それは、義母が遊ぶお金が足りない時に、私が出してあげていたということだ。義母の娯楽費は義父の遺族年金から使っているそうだが、足りなくなって夫に借りることが多かった。しかし夫もそんなに余裕のある給与ではないため、私が自宅で仕事をしている報酬から、足りない分を出すようにしていた。夫経由でもらっていたため、義母はそのことを知らなかったのだ。私が家で遊んでいると勘違いしていた義母は、その事実を知らされ、ようやく自分の愚かさに気がついたようだ。夫からもそのことでかなり怒られたという。

私はその時点では、家を追い出されたことを夫に伝えていなかったのだが、義祖父がその時に伝えてくれたそうだ。義祖父と夫の二人から相当厳しく叱られた義母は、必死な思いで謝りに来たのだろう。義祖父に「帰って来なくてもいい」と言われ、このままでは自分の住む家がなくなると恐怖に駆られたのかもしれない。

すべてを話し終えた義母は、再び床に額を擦りつけるようにして頭を下げた。そんな義母を見て、私と母は顔を見合わせた。少し考えた私は、義実家に戻るために二つの条件を出すことにした。「一つ目は、今後私はお母さんの娯楽費は一切出さないので、義父の遺族年金だけを使うこと。二つ目は、私のやることに対して、意味のない嫌味を言わないこと。」義母は自分が間違っていたことを認め、今後は必要のないことは言わないと約束した。「どうか許してちょうだい。そしてこっちの家に帰ってきてください。」必死で頭を下げ続ける義母を見て、私と義母の関係が逆転したように感じた。

「わかりました。帰ることにしますが、約束は忘れないでくださいね。約束を守らないような使えない人だと思ったら、すぐに追い出すので、そのつもりでいてください。」困惑するような表情の義母に、私ははっきりと言い放った。自分の立場を理解した義母は、私の言葉に黙って頷いた。調子に乗っていた義母の鼻をへし折ることができて、私は晴れやかな気分だった。今後は理不尽な扱いを受けずに暮らすことができるだろう。

その後、夫から電話がかかってきた。「母さんのこと、本当にごめん。気がつかなかった。俺も悪い。反省している。」夫の言葉に、私は「いいのよ」とだけ答えた。そして義実家に帰ると、満面の笑顔の義祖父が迎えてくれる。「入院は明日に延びたぞ。さあ、今から一局どうだ? 負けっぱなしで入院は嫌だったんだよ。今日こそ勝つぞ。」私が義実家を出たことには何も触れず、碁盤を取り出して笑顔で準備を始めた。今日の義祖父は、いつも以上に楽しそうに見える。

すっかりおとなしくなった義母は、そんな私たちを遠くから見ている。しっかり反省して、この家の楽しさを壊すようなことはしないでほしい。その後、義母からの嫌みや罵倒は一切なくなり、家事も自分から率先してするようになった。私への態度も軟らかくなり、他愛のない話をして笑い合うこともある。これが私が思い描いていた同居生活だと思うと、嬉しい気分になる。今後は義母との距離もだんだんと縮まっていくだろう。もうすぐ夫も単身赴任を終えるから、それからの生活も楽しみだ。

「義祖父が元気なうちに、孫の顔を見せたいね。」そう夫と話している。

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