「他人ですよね。赤ちゃんに触らないでください」
生後一か月の孫、優奈に手を伸ばした瞬間、長男の嫁である里奈さんの怒鳴り声が広い玄関に響いた。私は驚いて、伸ばした手を引っ込めた。
「他人って……私は直樹の母親よ。優奈のおばあちゃんでしょ」
里奈さんは私を見て、鼻で笑った。
「それより、出産祝いは持ってきましたか」
私は十万円の入った封筒を差し出した。里奈さんはその場で封筒を開け、中身を確認した。
「十万円……少ないんですけど」
そして、呆れたように笑った。
「まあ、お母さんもこれから年金暮らしですものね。十万円しか包めなくてもしょうがないわ」
私は言葉を失った。
「お金は受け取ったので、もう帰ってください。今日限りで、私たち家族とは縁を切ってくださいね」
初めて孫を抱ける日をずっと楽しみにしていた。なのに、まさかこんな形で追い出されるとは思わなかった。それでも私は静かに頷いた。
「わかりました。では、今日から本当に他人として接しますね」
里奈さんは満足そうに笑った。
私の名前は藤木由紀子。六十五歳。駅前で小さな弁当店を経営している。長男の直樹が七歳のとき、夫を病気で亡くした。当時の私はスーパーの鮮魚売り場で働くパート従業員だった。夫の治療費もかかっていたため、残された貯金は決して多くはなかった。それでも直樹を大学まで進学させたい。その一心で、私は夫が残してくれたお金を元手に、小さな弁当店を始めた。
最初は一日に二十個売るだけでも大変だった。朝の四時に起きてご飯を炊き、煮物や焼き物を作る。店を閉めた後は翌日の仕込みをする。家へ帰る頃には、直樹が一人で眠っていることもあった。授業参観に行けない日もあり、休日に遠くへ連れて行く余裕もなかった。
「寂しい思いをさせてごめんね」
ある日、そう謝った私に、直樹は笑って言った。
「お母さんのお弁当、みんなが美味しいって言ってるよ。僕、お母さんの子で良かった」
その言葉に何度励まされたか分からない。店は少しずつ地域の人たちに知られるようになった。会社の会議用弁当、学校行事や地域の集まり、法事や花見の仕出しにも注文が来るようになった。二十年以上店を続け、今では従業員を四人雇っている。私は六十五歳になり、年金を受け取るようになったけれど、店をやめるつもりはない。年金は長年働いた人が受け取る収入の一つだ。年金を受け取ることと、働けないことや貧しいことは同じではない。
直樹は大学を卒業後、大手企業へ就職した。三十二歳になった頃、「紹介したい人がいる」と言って連れてきたのが里奈さんだった。里奈さんは地元で知られた立花産業の社長令嬢。明るく華やかな女性で、初対面のときには私の手を握って言った。
「お母さんと仲良くしたいです。お料理も教えてくださいね」
直樹が選んだ人だ。私は本当の娘ができたようで嬉しかった。しかし、結婚後、里奈さんの態度は少しずつ変わっていった。連絡もなく店の閉店時間に現れ、「今日も夕飯頂いていきますね」と言って上がり込むようになったのだ。私は一人暮らしだったから、食事を一緒にすること自体は嫌ではなかった。けれど、里奈さんは食べ終わると必ず料理を採点した。
「今日は七十点。煮物は悪くないけど、盛り付けが地味ですね。お店を続けたいなら、もっと勉強した方がいいですよ」
そして食器も下げず、直樹の分まで容器に詰めて持ち帰る。週に一度だった訪問は、週に三回、四回と増えていった。私が堪りかねて直樹に相談すると、直樹は言った。
「リナは家事が苦手なんだ。母さんの料理が本当に好きなんだと思う。迷惑なら断ってくれていいから」
けれど直樹は仕事で帰宅が遅い日が続いていた。妊娠したばかりの妻を心配する息子に、「迷惑だから来させないで」とは言いづらかった。私は「体調が落ち着くまでなら」と自分に言い聞かせた。
ところが里奈さんは、食事だけでなくお金まで求めるようになった。妊娠が分かると、高額なベビーベッドや海外製のベビーカーを携帯電話の画面で見せてきた。
「これ、買ってもらえますよね」
「十万円以上するの? 短い期間しか使わないなら、国産品やレンタルでも十分じゃない?」
そう答えると、里奈さんは不機嫌そうに口を尖らせた。
「初孫なのに、いいものを使わせたくないんですか? お金を墓場まで持っていくつもりですか? もうすぐ年金暮らしなんだから、今のうちに孫にお金を使った方がいいですよ」
あまりの言い方に胸が苦しくなった。それでも生まれてくる孫が楽しみで、必要なものの一部は私が購入した。ベビー布団、肌着、抱っこひも、赤ちゃん用の食器。少しずつ買っているうちに、合計は六十万円を超えていた。その上、里奈さんは「妊娠中でおしゃれできないと直樹さんに嫌われそう」と言って、美容院代まで求めてきた。さすがに私は断った。すると里奈さんは笑った。
「年金暮らしになる人には、若い女性のおしゃれなんて理解できないですよね」
そんなある日、直樹から電話がかかってきた。
「母さん、リナに色々買ってくれたんだって?」
「少しだけよ」
「おかしいな」
直樹は戸惑った声を出した。
「俺、リナに毎月三万円ずつ渡してたんだ。母さんに夕食代や、買ってもらったものの代金として渡してくれって」
私は言葉を失った。里奈さんからは一円も受け取っていなかったからだ。しかし直樹は妻を信じていた。
「渡すのを忘れているだけかもしれない。俺から確認しておくよ」
数日後、里奈さんは私の家へ来ると、何事もなかったように言った。
「直樹さんに余計なこと言わないでください。私たち夫婦のお金なんだから、どう使っても自由でしょ」
「でも、私に渡すよう頼まれたお金よ」
「お母さんには貯金があるでしょ。こっちはこれから子育てにお金がかかるんです」
そして最後まで、預かっていたお金を渡そうとはしなかった。私はその日から夕食を作る回数を減らし、高額なものをねだられても断るようになった。それでも完全に関係を切らなかったのは、直樹との親子関係を壊したくなかったから。そして何より、無事に生まれてくる孫を心から楽しみにしていたからだ。
やがて里奈さんは元気な女の子を出産した。優奈と名付けられた赤ちゃんの写真を、直樹は毎日送ってくれた。早く抱いてみたい。そう思っていた私の元へ、一か月のお披露目会の知らせが届いた。会場は里奈さんの実家。双方の親族を招いて、優奈を紹介するというのだ。
私は心を込めて十万円の出産祝いを包んだ。既に六十万円以上の品を渡していたが、それとは別のお祝いだ。ところが当日、里奈さんは祝儀袋を目の前で開き、「年金暮らしだから十万円でもしょうがない」と笑った。さらに、優奈へ触れようとした私を「他人」と呼び、玄関から追い出したのだ。
私はその場を離れると、直樹へ短い連絡を入れた。
「里奈さんから、今日限りで縁を切ると言われました。お祝い金だけ受け取ればもう用はないそうです。お母さんは帰ります」
直樹からすぐに電話がかかってきたが、私は出なかった。今話せば、感情的な言葉を口にしてしまいそうだったからだ。
その夜、直樹が私の家へやって来た。後ろには里奈さんと、彼女の両親もいた。里奈さんは涙を浮かべている。
「お母さんが急に怒って帰ったんです。私、何もしていないのに」
直樹は困惑しながら私へ尋ねた。
「母さん、何があったんだ?」
私は里奈さんを見た。
「本当に何もしていないの?」
「出産後で疲れていて、少し言い方が強くなっただけです」
すると、里奈さんの母親が厳しい声で言った。
「嘘をつくのはやめなさい」
全員が振り返った。お披露目会の日、玄関には配達員の人がいた。里奈さんの暴言を全て聞いていたのだ。両親が事情を尋ねると、配達員の人は正直に話した。出産祝いをその場で開けたこと、金額が少ないと笑ったこと、私を「他人」と呼び、孫へ触れさせなかったこと。「今日限りで縁を切る」と家から追い出したこと。里奈さんの顔から血の気が引いていった。
私は引き出しから一冊のファイルを取り出した。そこには、里奈さんに買ったベビー用品や食材の領収書を保存していた。
「私はお返しを求めて買ったわけではありません。ただ、直樹から食事代として渡したお金があったと聞きました」
直樹が妻へ向き直る。
「一年近く毎月三万円渡していた。合計で三十万円以上だ。あのお金はどうした?」
里奈さんは俯いた。
「使ったわ。服や化粧品だって……妊娠中はストレスが溜まるんだもの」
直樹は言葉を失った。さらに里奈さんは私へ責任を押し付け始めた。
「お母さんが年金生活になるのが悪いんです。将来、私たちが面倒を見ることになるかもしれないでしょう? だから今のうちに孫にお金を出してもらって、何が悪いんですか?」
その瞬間、里奈さんの父親が机を強く叩いた。
「いい加減にしなさい。藤木さんがお前たちに面倒を見てもらう必要などない」
里奈さんは驚いて父親を見た。
「どうして父さんがそんなことを知ってるの?」
「藤木さんの店は、うちの会社が十五年以上利用している大切な取引先だからだ」
私は初めて里奈さんの父親が立花産業の社長だと知った時、取引先の会社と同じ名前だと思っていた。しかし、まさか同じ会社だとは考えていなかったのだ。里奈さんの母親も続けた。
「会議や研修の度に、藤木さんのお弁当をお願いしているの。お客様にも評判が良くて、いつも助けてもらっているわ。あなたが貧乏だと笑ったお店は、何人もの従業員を抱え、二号店を出す準備までしているのよ」
皆さんは信じられない顔で私を見た。
「二号店?」
「ええ。私も年金は受け取っているけれど、店からの収入もあります。夫が残してくれた家も預金もあります。年金を受け取る人間だからと言って、誰かに養ってもらうとは限りません。それに『年金暮らし』という言葉は、人を見下すためにある言葉ではないわ」
里奈さんは震える声で言った。
「でも、優奈に会えなくなってもいいんですか? おばあちゃんでしょ?」
私は静かに答えた。
「あなたが私を『他人』だと言ったのよ。だからと言って、優奈を嫌いになることはありません。あの子には何の罪もないもの。でも、孫に合わせることを条件に、お金や労力を求められる関係には戻りません。私はATMでも、無料の食堂でもないの」
直樹はしばらく黙っていた。そして、妻へ告げた。
「リナ、一度実家へ戻ってくれ。母さんへの態度だけじゃない。俺が渡したお金を隠し、母さんへさらに金を出させていた。その上、優奈を使って母さんを従わせようとした。今の君とは、一緒に暮らせない」
里奈さんは「家族なのに!」と叫んだ。私はその言葉を聞き、首を横に振った。
「都合のいい時だけ、『家族』という言葉を使わないで」
それから直樹と里奈さんは別居し、何度も話し合った。しかし里奈さんは、謝罪よりも「親なら娘を助けるべき」「姑なら孫にお金を出すべき」という主張を続けたそうだ。数か月後、二人の離婚が成立した。優奈については、両親として責任を持つため、専門家を交えて話し合いが続けられた。
私は直樹が優奈を預かる日に、時々合わせてもらっている。優奈を抱いた日、小さな手が私の指を握った。胸がいっぱいになった。けれど、もう守り合うために、誰かの理不尽な要求を受け入れるつもりはない。
私の弁当店は今もたくさんのお客様に支えられている。二号店の準備も少しずつ進んでいる。年金を受け取りながら働くことも、小さな店を守り続けることも、自分のお金で豊かに暮らすことも、決して恥ずかしいことではない。
「他人」と呼ばれた日、私は家族を失ったわけではない。「家族」という言葉を使って私を利用しようとする人との関係を手放しただけだ。本当の家族とは、お金を出してくれる人ではない。互いの人生と努力を尊重し、一人の人間として大切にできる人。私はこれからも、自分の店と自分の生活を守りながら、私を大切にしてくれる人たちと歩いていこうと思っている。
