夫が満面の笑顔で「お前の部屋はあっち」と指さした先には、プレハブ小屋と化した犬小屋があった。夫の腕に絡みつく義妹のあの勝ち誇った笑顔を、今でも忘れられない。「お兄ちゃんが文句あるなら離婚するって言ってるよ」という彼女の言葉に、私は怒りを通り越して冷めていた。せっかくのリフォームだからと、夫も母も喜んでいたのに。私はバッグの中に手を入れ、あるものを握り締めた。二人が私をただの都合のいい女だと思…
夫が実家のリフォームを提案してきたのは、結婚して半年が経った頃だった。 「職場で知り合った業者が、今なら格安でやってくれるらしい」 優しく誠実な夫の言葉に、私は迷いながらも頷いた。将来の子どもの部屋、母の介護に備えた間取り。夫は真剣に将来を考えてくれているのだと思った。 母も賛成してくれた。リフォームは夫が業者との打ち合わせを全て引き受けてくれた。住宅関係の仕事をしている夫なら安心だと、私は何も疑わなかった。 工事が始まると、敷地内に仮住まい用のプレハブ小屋が建てられた。狭いからと、夫は妹の里美が一人暮らしをするアパートに泊まることになった。 「本当に仲のいい兄妹だな」 私はそう思い、特に気に留めなかった。里美は大学生で、よく家に遊びに来ていた。人懐っこくて可愛い妹。母も「娘がもう一人増えたみたい」と喜んでいた。 リフォームが完了したと連絡を受けたのは、予定より早い三ヶ月後だった。仕事を早退し、母を迎えに行って家に向かう。見違えるほど綺麗になった家に感動しながら、新しい玄関をくぐった。 「おかえり、香織」 夫と里美が玄関に並んで立っていた。二人とも、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。 「案内するよ」 夫に導かれ、新しくなった家の中を見て回る。綺麗で、使い勝手も良さそうだ。しかし、全ての部屋を見終わった時、私は違和感に気がついた。 「あれ?私と母の部屋はどこ?」 夫が指さした先にあったのは、仮住まいのプレハブ小屋だった。 「お前と母さんの部屋は、あっちの犬小屋だよ」 里美が隣に寄り添い、私に見せつけるように夫の腕に自分の腕を絡めた。まるで恋人のように。勝ち誇った笑みを浮かべている。 「お兄ちゃんが文句あるなら離婚するって言ってるよ」 私は深く息を吐いた。そして、バッグから取り出したものを、二人の前に突きつけた。 「離婚届よ。記入済みの」 二人の顔色が一瞬で変わった。 「ちょ、ちょっと待てよ!ふざけただけだって!」 「そうよ!冗談よ、冗談!」 「冗談?私はあなたたちのことを知らないとでも思ってたの?」 私は二人を見据えた。ペット用カメラに映っていた光景、探偵から届いた報告書。全てを私は知っている。実の兄妹でありながら、恋人同士。それが夫と里美の本当の関係だった。 「全て、証拠を掴んでいるわ」 私は書類のコピーを、床にばら撒いた。 「この家は、もう売却の手続きを済ませてある。名義は母よ。名義人が自分の家をどうしようと、それは自由でしょ?」 「なんでそんなことするんだ!これからお兄ちゃんと広い家で暮らせるはずだったのに!」 里美が悲鳴を上げる。 「未来のことは、ご自由にどうぞ。でも、他人を巻き込まないことね」 そう言った時、背後でタクシーの停まる音がした。振り返ると、すごい勢いで車から飛び出してくる義両親の姿があった。 「やばい、逃げよう!」 二人は慌てて逃げ出そうとしたが、あっけなく義両親に捕まった。泣き叫びながら私に罵声を浴びせる二人を、義両親は無理やりタクシーに詰め込んだ。 「本当に申し訳ありませんでした…」 義両親は深く頭を下げ、タクシーは去っていった。 嵐が去った後、綺麗になった家に私と母はしばらく立ち尽くしていた。 「母さん、ごめんね」 「何言ってるの。貴女は何も悪くない。それに、この家は貴女たちの思い出が詰まった家だからね。本当にいい家に生まれ変わったわ」 母はそう言って、優しく微笑んだ。その言葉に、私は心が軽くなった。 それから一週間後、義両親から連絡があった。夫が離婚を認め、記入済みの離婚届を渡したいとのことだった。指定した場所で会うと、義両親は机に頭がつくほど深く何度も謝罪した。そして、相場より多い慰謝料を差し出してきた。 「受け取れません」 「そう言われると、私たちの気持ちが収まりません。どうか、今回の件でお世話になったお詫びと思って」 義両親は、夫と里美の現在を教えてくれた。里美は大学を退学し、実家で両親のもとに住んでいる。義両親が常に目を光らせているという。夫は家族との縁を切られ、義実家に近づかないという制約書を書かされた。噂は夫の職場にも広まり、退職したらしい。その後の行方は、義両親も知らないそうだ。 私は新しいマンションを購入し、母と一緒に暮らし始めた。人生をやり直す気持ちで。人を利用しようとした二人の末路が、自業自得であることは言うまでもない。私は、自分を大切にしてくれる人と、焦らずにゆっくりと幸せを見つけていきたいと思った。