同窓会で、高校時代のイケてたグループのリーダーだった男が、壇上でワイングラスを掲げて叫んだ。「俺の年収、聞いてビビったか?」その瞬間、彼は私の顔めがけて赤ワインをぶちまけた。100人の視線が、ワインでずぶ濡れになった私に注がれる。彼は嘲笑した。「どうせお前は、俺の会社の社長と同じ名前の、ただの日陰者だろ?」私は静かにハンカチで顔を拭いて、彼に尋ねた。「で、どこの支社だ?」彼の顔から笑みが消え…
同窓会の会場で、男が突然ワイングラスを掲げた。高らかに響く声。手にした赤ワインが、地味なスーツの男の顔に、派手にぶちまけられた。ざわめきが止み、静寂が訪れる。100人の視線が、ワインで濡れた男に注がれた。 「あーあ、悪い悪い。手が滑ったわ」 謝罪の言葉は、嘲りの笑みとともに吐き捨てられた。しかし、ワインをかけられた男――朝倉尚弥は、慌てる様子もなく、ハンカチを取り出して、静かに顔を拭き始めた。そして、落ち着いた声で言った。 「で、どこの支社だ?」 その問いかけに、場の空気が張り詰めた。男は嘲弄の笑みを消し、怒鳴り返す。 「はあ? 俺はゼフィールテクノロジーズの営業課長だ。なんだ、その言い草は」 「どこの支社だと聞いているんだ。本社の者か?」 「横浜支社だ。それがどうした!」 ちょうどその時、宴会場の扉が大きな音を立てて開いた。入ってきたのは、黒いスーツを着た女性だった。彼女は会場を見回すと、ワインで濡れた朝倉を見つけ、一直線に歩いてくる。100人の視線が、その背中を追った。 女性は朝倉の前で立ち止まり、深く頭を下げた。 「社長、お探ししました」 一瞬の静寂。それから、同窓会の喧騒は、かき消された。すべての視線が、彼女の言葉を反芻する。 「社長?」 戸惑いの声が漏れる。そして、その場にいた男は、嘲笑を浮かべたまま、立ち尽くしていた。 それは、16年ぶりの同窓会で、その男の世界が音を立てて崩れ去る瞬間だった。 あの夜のオフィス。朝倉は、会社の最上階にある社長室ではなく、いつものようにフロアの隅にある自分の机で、残業をしていた。外は夜も更け、ビルの灯りもまばらだ。彼が開いていたのは、入社2年目の社員が書いた企画書だった。内容は粗削りだが、光るものがあった。 朝倉は、メモ帳にその社員の名前を書き留めた。 「いい企画だ。会議にかけてみよう。説明は、これを書いた本人にやらせる。仕事ってのは、作った人間の名前で世に出すもんじゃないからな」 朝倉は、いつもそうだった。自分が前に出るより、その仕事を生み出した人間を、きちんと表に立たせる。手柄よりも、誰と組み、何を作るか。彼にとって大事なのは、いつもそこにあった。 あの夜、自宅のポストに一通の封筒が届いていた。差出人は高校の同窓会実行委員。卒業からもう16年が経っていた。会場は地元のホテル。日時は、1ヶ月後の土曜日。 朝倉は、封筒を手にしたまま、玄関でしばらく動けなかった。高校時代の自分が、ゆっくりと蘇ってくる。あの頃、彼は目立たない生徒だった。いつもパソコン部の部屋で、一人、古い機械と向き合い、ゲームを作っていた。父のことも思い出した。 朝倉の父は、小さな会社で機械を作る技術者だった。何人かの仲間と、チームを組んでいた。父は、よく同じ言葉を口にしていた。 「尚弥、一人で作れるものなんて、たかが知れてる。チームワークが全てだ」 夕飯の席でも、夜遅く帰ってきた時でも、父はその言葉を繰り返した。仲間の話をする時の父は、いつも嬉しそうだった。朝倉は、その背中を見て育った。 文化祭の日のことも、覚えている。パソコン部の展示に、足を止める者はほとんどいなかった。ただ、一人、同じクラスの早瀬千春だけが、朝倉の作ったゲームを最後まで遊んでくれた。 「これ、朝倉君が作ったの? すごい、面白いよ!」 その一言を、朝倉は今も覚えている。あの時の千春の笑顔。同窓会の案内を手に、朝倉は迷っていた。自分を覚えている同級生が、どれだけいるだろう。それでも、彼はあの頃の仲間に、もう一度会ってみたかった。出席の欄に、丸をつけた。 会場は、地元で一番大きなホテルの宴会場だった。シャンデリアの下に、百人ほどの同級生が集まり、皆、着飾って、ワイングラスを手に、笑っていた。朝倉は、入口の近くに立っていた。地味なスーツは、華やかな場所で少しだけ浮いて見えた。それでも、彼は背筋を伸ばし、静かに会場を見渡していた。 声をかけてきたのは、幹事の村瀬だった。 「朝倉、来てくれたんだな。久しぶりだなあ」 「村瀬、久しぶり。幹事、お疲れ様」 「おお、相変わらず落ち着いてるなあ。16年の月日の流れを楽しんでくれ」 村瀬は、人懐っこく笑って、次の同級生のところへ去っていった。しばらくして、一人の女性が朝倉のそばに近づいてきた。早瀬千春だった。16年ぶりでも、朝倉にはすぐに分かった。 「もしかして、朝倉君?」 「早瀬、か。元気そうだな」 「うん。元気だけが取り柄だから。確か、早瀬って看護師になりたいって言ってたな。あれ、叶えたのか?」 「うわあ、よく覚えてるね。うん、今は救急で働いてるよ。忙しいけどね」 「そうか。すごいな。ちゃんと夢を叶えたんだ」 「そうかな。ただ、目の前の人を放っておけないだけ。あの文化祭の日、朝倉君のゲーム、楽しかったな」 千春は、少し照れたように笑った。あの時の笑顔のままで。 その時、会場の中ほどから、大きな笑い声が上がった。声の主は、相馬剣だった。高校のサッカー部でエースだった男だ。光沢のあるスーツを着て、手首には大きな金の腕時計を光らせている。相馬は、数人の取り巻きの真ん中で、その腕時計を見せびらかしていた。 「これ、去年ドバイで買ったやつ。まあ、庶民には一生縁はねえだろうけどな」 相馬の目が、朝倉の方を向いた。地味なスーツの男を、上から下までゆっくりと舐めるように見る。 「あれ? お前、朝倉じゃねえか? 元気にしてたか?」 「相馬か。久しぶりだな」 「うわ、何そのスーツ? コスパ重視? 高校の時から何も変わってねえな。で、お前、今何やってんの? まさかまだパソコンいじってんじゃねえだろうな」 「まあ、そんなところだ。IT系の仕事だよ」 「IT? … Read more