「離婚届、出してきたわ」
私の言葉に、真剣は鼻で笑って「お疲れご苦労さん」と吐き捨てた。ご苦労さんって、誰のせいでこうなったと思ってるの?何を言っても「俺のせい、俺のせい」と棒読みで繰り返すだけ。不倫して、相手を妊娠までさせておいて、その態度?
ユナはまだ4歳なのに。私が全部やってきたのに。家事も育児も仕事も、全部。
「だから真剣はお前に渡したんだろう」
その言葉に頭の中が真っ白になった。私の娘が、私から奪われた?しかも、全部私のせいだって?
「女のくせに稼ぎがあるから、家の居心地が悪いんだよ」
理解できなかった。私が稼いでいることと、あなたが浮気したことと、いったい何の関係があるっていうの?
「そっちは気を使って疲れたくないんだよ」
気を使って?私が真剣に空気を読ませてたっていうの?今まで、言いたいことも言えずに全部我慢してきたのは私の方なのに。それを、空気が読めない嫁だって?
「花はよくできた女だよ。ほどほどにバカで愛嬌があって、一緒にいてしんどくない」
この人の新しい彼女は、私より6歳も若いらしい。それで、私より「扱いやすい」から選んだんだって。なるほど。そういうことか。
養育費は月50万。慰謝料はそっちで適当に決めてくれだって。「可愛い嫁が待ってるから今日も仕事頑張ろう」そう言って、真剣はアッサリと出て行った。
数日後。公正証書の作成を終えたあと、私は高成のオフィスに呼び出された。用件を聞くと、ニコニコした顔でこんなことを言われた。
「旦那さんに捨てられた惨めな香織さんに、最後のご挨拶みたいなものです」
呆れた。この人、本当に性格悪いんだね。
「いいや、性格が悪いのはそっちでしょう。真剣さんが言ってましたよ。香織さんは夫を立てない、できの悪い嫁だって」
夫を立てるって何?私は毎日、夫に気を遣わせないように、嫌な顔一つせずに家事も育児も全部やって、仕事の愚痴も聞いて、休日も家族の時間を作ってた。それで「できの悪い嫁」だって?
「男っていうのは、自分が上だって思いたい生き物なんですよ。だから上手に立ててあげないと。女はちょっとバカなくらいがちょうどいいんです」
そう言って、勝ち誇ったように笑う高成に、私はカチンときた。だけど、その時はまだ何も言い返せなかった。だって、悔しいけど、真剣が選んだのは、私じゃなくてこの人だから。
「ところで、養育費の件ですけどね」
高成が急に声を潜めた。
「あれ、払わなくてもいいんですよ」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「養育費って、子供の養育のためのお金じゃないの?あれは慰謝料とは違って、正直言えば支払いを逃れることも可能なんですよ。知らなかった?」
私は言葉を失った。確かに私は法律に詳しくない。でも、養育費は子供のためにあるお金で、それは絶対に守られるべきものだと思ってた。まさか、そんな抜け道があるなんて。
「真剣さんに言ってあげてもいいですよ。でも、多分彼は気にしないと思いますけどね」
高成は笑いながら言った。
「だって、あの人は自分のことしか考えてないから」
自分のことしか考えてない。その言葉に、私ははっとした。そうだ、この人は私の夫だった人。でも、今はもう、私の敵なんだ。あの人の新しい女と、その取り巻きも。
数日後、私は弁護士を通じて、高成の主張を伝えた。だけど、真剣からの返答は冷たかった。
「養育費?あんなもん、払う必要があるのか?」
信じられなかった。自分の子供のために払うお金なのに。しかも、給料の差し押さえも可能だって高成に言われて、私はようやく状況を飲み込んだ。
「早く払わないと、差し押さえちゃうわよ」
私がそう警告した直後、電話の向こうで真剣が何か小声で呟くのが聞こえた。30分後、私はある重大な事実を知ることになる。
真剣の新しい彼女、花。彼女は単なるバカな若い女じゃなかった。彼女は真剣の会社の取締役の娘で、妊娠してる子供の父親は、実は別の男だった。真剣は、花と結婚すれば会社での地位も金も手に入ると思ったけど、実は花の方も真剣をいいように利用してただけ。自分の子供を真剣の子供だと偽って、彼を騙して結婚しようとしてたんだ。
真剣が捨てたのは、私じゃなくて、自分の人生だったのかもしれない。だけど、その事実を知ったとき、私はもう何も感じなかった。ただユナのことだけを考えた。奪われた娘と、これからどうやって生きていくか。それだけだった。



