「ねえ、あんたも私の卒業式来るの?いつも仕込みとか言って定食屋にこもってるけど。」
「もちろんみきちゃんの晴れ姿だもの。卒業式の日は仕事を休んでいくつもりよ。」
「ええ、底能が母親して卒業式に来るなよ。あんたは他人なんだからさ。」
「え、どうしてそんなこと言うの?」
「事実でしょ。だってあんた中卒じゃん。」
「そうだけど。それでみきちゃんに何か迷惑かけた?」
「かけてるよ。恥ずかしい。友達に合わせらんないわ。パパは高学歴の大卒で私もそうなる予定なのに。本当すごいよね。有名私立大に現役で受かっちゃうんだもん。」
「当たり前でしょ。あんたとは頭の出来が違うのよ。何よりさ、血が繋がってないじゃん。」
「そうだね。でも家族の繋がりは血だけじゃないよ。」
「たった5年しか母親役やってないくせに偉そうにすんな。中卒の低能女が母親とか私は絶対認めないから。だから私の卒業式には来るな。パパだけ来れば十分。」
「分かった。じゃあ絶対行かないわね。」
「それでいいわ。じゃ、今カラオケ中だから。じゃあね。」
5分後、夫の元樹から電話がかかってきた。
「あや子さん、仕事中にごめんなさい。ちょっと伝えたいことがあって。」
「どうした?」
「今すぐじゃないといけない話。」
「え、今繁忙期だからなかなか帰れなくて。」
「そうか。寂しいが仕方ないな。ね、何の話だ?」
「みきちゃんに卒業式来るなって言われちゃって。」
「なんだ、そんなことか?」
「そんなことかって、結構色々言われたのよ。そんなに来て欲しくないなんて思わなくて。」
「ま、反抗期なんだろ。気にするな。」
「そう言われても気にするわよ。卒業式どうしよう。」
「親なら行くべきよね。みきが嫌がってるんだろう。なら行かない方がいいんじゃないか。」
「でもせっかく休み取ったのに。」
「気持ちは分かるがな。みきが主役なんだからみきの言う通りにするべきだ。」
「行くなってこと?」
「ああ、代わりに俺が行っとくよ。あや子は久しぶりの休みなんだからゆっくり過ごすといい。」
「そうするわ。」
「そうそう。京都、明日の夜ご飯は俺の分はいらないから。」
「また接待。最近夜はいつもいないよね。」
「仕事だから仕方ないだろう。これもあや子とみきを養うためだ。分かってくれるよな。」
「分かったわよ。じゃあまたね。」
2日後、夕食終わりの忙しい時間に、マリエさんが定食屋に来た。
「あや子さん、こんばんは。夕食終わりの忙しい時にごめんなさい。」
「マリエさん、こんばんは。全然大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「明日って卒業式の予行演習ですよね。お弁当って必要でしたっけ?娘も忘れたなんて言ってて、当てにならないんですよ。」
「お弁当必要ないって連絡でしたよ。」
「よかった。ありがとうございます。材料とかお弁当用の冷凍食品なかったから、危うく今の時間から買い物に行くところでした。」
「お弁当って意外と手間ですよね。夕飯の残りだけってわけにもいかないし、お弁当箱の形も考慮して詰めなきゃいけないし。」
「わかる。でもみきちゃんのお弁当、娘に写メで見せてもらったけど本当に毎日豪華ですよね。」
「ありがとうございます。」
「あ、こんな話してごめんなさい。みきちゃんのところは旦那さんが作ってるんでしたね。」
「え、誰がそんなことを?」
「いいんです。いいんです。私は気にしてませんから。今時共働きは普通ですし、家事は分担しなきゃ。」
「それじゃ教えてくれてありがとうございます。」
5分後、元樹に電話した。
「元樹さん、明日の朝ご飯はいるの?」
「ああ、今飲み会でさ、明日はみそ汁作っといてくれないか?」
「じゃあ仕込みが落ち着いたら一旦家に帰って用意しておくわね。」
「助かる。そうそう。話変わるけど、マリエさんにお弁当は自分が作ってるって言ってるの?」
「何のこと?」
「さっきお弁当が必要か教えて欲しいって連絡が来て、話の流れで元樹さんが作ってるって聞いたのよ。」
「そんなこと言ってないぞ。勘違いじゃないか。」
「じゃあどうしてそんなことになってるんだろう。」
「みきが嘘ついたんじゃないか。あや子が料理上手すぎるから嫉妬したのかもな。」
「そうなのかな。」
「そうだって自信持てよ。だって俺、味にうるさいもん。その俺がお前に胃袋を掴まれて結婚したんだから。」
「私の取り柄は料理しかないからね。」
「あや子はさ、高校に上がる前にご両親がいなくなったから、ご両親が残した定食屋を1人で守ってきたんだろ。」
「おじさんと協力しながらね。」
「たまたま入った定食屋でそんな女性がいたら、誰だって見とれてしまうよ。もっと早くあや子の定食屋に通うべきだった。」
「言いすぎだってば。」
「本当、あや子が結婚してなくてラッキーだったよ。私と結婚してくれてありがとうね。」
「俺が礼を言うのは俺の方だよ。あや子のおかげで俺とみきの健康が守られているんだから。」
「そんな、私は当たり前のことをしているだけよ。」
「その当たり前がとっても大事なことなんだ。でもみきはそのことが分かってないみたいだな。父親を取られたと思ってそんな嘘をついたんだろう。」
「難しい年頃ね。」
「まあ俺はちゃんと分かってるからあんま気にすんな。じゃ、ちょっと3件目行ってくるわ。またな。」
「ほどほどにね。」
翌日、学校が終わったみきからLINEが来た。
「学校終わった。あんたはまだ仕事?」
「休憩中よ。お疲れ様。」
「ねえねえ、卒業式の後さ、うちに集まって卒業パーティーすることになったから。」
「それはいいわね。何か作ろうか?」
「は、やめてよ。中卒ってだけでも恥ずかしいのに、あんたの下手くそな手料理なんてさらに恥かくだけ。当日は絶対に家から出てよね。」
「いいけど、どうしてわざわざうちでやるの?」
「実はパパのお弁当毎日褒められてたんだよね。みんな食べたいって言っててさ。なら卒業パーティーでうちが振る舞うよって誘ったの。」
「やっぱりお父さんが作っていたことにしていたのね。」
「何言ってんの?最初からパパが作ったものでしょう。」
「あ、どういうことなの?」
「頭悪い人との会話って話が噛み合わないな。とにかくそういうことだから。パーティーの料理はどうするの?」
「パパが作るに決まってるじゃん。何分かりきったこと聞いてるの?中卒だからわかんないのか。不自由の頭ね。」
「私本当に出ていいのね。」
「そうだよ。さっきからそう言ってるじゃん。」
「分かった。そうするわ。じゃ、よろしく。今からカラオケ行くから。」
5分後、みきが元樹に電話した。
「ねえ、パパ。卒業式の後うちで卒業パーティーやることになった。」
「ああ、なんでだ?」
「パパすごくお料理上手でしょ?それでみんな食べたいって言ってるんだ。だからさ、作ってちょうだい。」
「悪い。その日は俺予定があるんだ。」
「え?なんで?だって卒業式来てくれるんじゃないの?」
「ごめん。行くつもりだったけど、急用が入って金になるからさ。Uber Eatsでも何でも頼めよな。」
「パパのこと自慢したかったのに。」
「ああ。分かった。分かった。じゃあさ、作り置きしとくよ。そしたら連チンして出すだろ。」
「それならいいよ。パパありがとう。」
「いいってことよ。じゃあ気をつけて帰れよ。」
「うん。またね。」
5分後、元樹が私に頼み事をしてきた。
「なあ、頼み事があるんだけどさ。卒業式の日なんだけど、家にいっぱい作り置きをしておいてくれないか。できればパーティー向けのやつで。」
「いいけど。元樹さん、みきちゃんに嘘ついてるでしょう。」
「何を?」
「あ、もしかして俺のへそくりバレた?」
「そんなことじゃないわ。元樹さんって外面はいいわよね。」
「何が言いたいんだ?」
「私が作ったお弁当を自分が作ったことにしてるでしょう。そうしたらみんなから褒められるものね。元々はシングルファザーだったわけだし。」
「ああ、みきのやつ余計なこと言ったな。」
「認めるのね。人の手柄を横取りするみたいなこと。」
「別にいいだろう。俺のおかげで既婚者になれたんだから。」
「元樹さんってそんな人だったの?」
「さすがに外でこんなことは言わねえよ。だからお前も俺と結婚したんだろ。」
「そうだったのね。墓場まで持っていって欲しかったわ。」
「結婚したらいずれどこかでバレるもんさ。これでも隠し通した方なんだぜ。いや、きつかったわ。好みでもない女に甘い言葉を吐くのは。」
「ならなんで私と結婚したの?」
「バツイチって肩書きが悪いだろう。だから一生懸命みきの母親をもぎ取ったんだ。でも俺は学校のことも家事もできないからさ。」
「つまり私は後妻として再婚相手に選ばれたってこと?」
「そういうこと。いや、ちょうど良かったわ。おかげで俺はいい父親として世間にアピールできる。」
「冗談じゃないわ。そのせいで私はみきちゃんに誤解されてるのよ。」
「別にいいだろう。お前とみきは他人なんだから。俺は家事育児をしてくれる後妻が欲しかった。お前は売れ残りで既婚者になりたかった。利害は一致してるじゃないか。」
「そんな最低な正体と理由を明かして、離婚されるかもって考えないの?」
「中卒の売れ残りなんて誰も欲しがらないだろう。俺と離婚してバツイチになったらもう再婚は無理だ。出会い次第ではあると思うけど。」
「あと売れない定食屋で金もなさそうだし、俺の収入がなきゃ生きていけないじゃん。」
「そんなことないけど。」
「何より46歳。その年で子供産むのはきついだろう。みきのおかげで母親役ができてる。」
「それはそうだけど。」
「なあ、離婚できないだろ。ってことでこれからもうちの後妻としてよろしく。」
「そういうことなら離婚します。」
「はあ?無理だろ。離婚するなら家を出てもらうぞ。」
「結構よ。別に困らないから。」
「俺なしでどうやって生きていくんだよ。」
「定食屋の方に居住スペースがあるもの。」
「ちゃんとした家ではないだろう。」
「そのうち買うわ。」
「買うってどこにそんな金があんだよ。」
「普通に私が稼いだお金だけど。」
「はあ。お前が住めるのはせいぜい月2万とかのトイレ風呂なし6畳一間の安パートだ。売れない定食屋の中卒オーナーが夢みんな。」
「私が売れないって言ったの?」
「あ?」
「毎日売り切れ御礼の大盛況。来月は2号店を出す予定よ。なんなら今の時点であなたより収入もあるわ。」
「そんな話聞いてないぞ。」
「言ったと思うけど。ちゃんと聞いてなかったんじゃない?だから家は買おうと思えば買えるの。あなたたちと住んでいる家があるから買わないだけ。でも離婚したら母親じゃなくなるんだぞ。もう子供を産める年じゃないんだから。みきを失ったらお前はただのおばさんだ。」
「私は別に母親であることに特に執着していないわ。」
「強がるなよ。素直じゃない女は持てないぞ。」
「本音よ。何よりみきちゃん本人から拒否されてるから、母親になろうにもなれないの。なのでもう結構です。離婚届を置いて家を出ますね。」
「はあ。好きにすれば。出てけば俺のありがたみが分かるだろう。世帯主は俺だし。」
「言っとくけど、世帯主と家の名義は別だからね。」
「分かってるわ。何をそんな当たり前のこと。」
「ならいいけど。じゃあ、離婚届に記入よろしくお願いします。」
翌朝、元樹が電話をかけてきた。
「おい、テーブルの上のあれ何なんだよ。朝起きたら離婚届って。寝起きから気分が悪い。」
「昨日話してあなたも納得してると思ってたけど。」
「昨日のは売られた喧嘩を買っちまっただけ。」
「売った覚えないけどね。」
「本気じゃなかった。俺から離婚するとも言ってないだろう。記入はしないからな。」
「どうして?タイプじゃないんでしょ。これを機に本当に好きな女性と結婚したらいいじゃない。」
「あのな、さすがにバツイチは肩書きが悪すぎるだろう。それにあや子はうちの後妻だから働いてもらわないと。」
「結局自分のことしか考えられないのね。そんな人とはやっていけないわ。」
「どうしても離婚を認めないなら弁護士に相談するまでよ。」
「分かった。分かった。じゃあ仲直りをしよう。お前定食屋にいるよな。今から迎えに行ってやる。優しい夫だろ。」
「うちに来て何するつもり?」
「何って、帰って家事をやってもらうんだよ。お前昨日の夜は家事さぼっただろう。シンクに溜まった食器や洗濯物を洗ってもらわなきゃ。」
「それは自分でやってくれる?私絶対に帰らないから。」
「はい。はい。ああ、わがままな嫁を持つと苦労するな。じゃあ待ってろよ。」
5分後、みきからLINEが来た。
「あんた家出したんだって。わがままも大概にしなよ。」
「わがまま言ったつもりはないわ。」
「何のよ。パパにあんたを引き止めてって言われたから。こうして娘の私がLINEしてやったの。感謝してよね。」
「そうなんだ。わざわざありがとう。でももう帰るつもりはないの。」
「何それ?無責任じゃん。あんたのせいでうちは今大変なの。制服のブラウスがアイロンがけされてなくて困るし。パパ、あんたがいなくなって悲しいからご飯作れないって。」
「これを機にみきちゃんもできるようになったら?私は見放すの?最低。早く帰って来いよ。で、アイロン掛けやっといて。」
「さっきも言ったけど、もう帰らないよ。アイロン掛け、そんなに難しくないから自分でやってみて。」
「ふざけんな。母親のくせに放棄するとか終わってんな。」
「母親?私が他に誰がいいんだよ。」
「前、他人だって言ってたよね。みきちゃんは赤の他人に家事を要求するのはしないわけないじゃん。」
「じゃあ私にも要求しないで。これから閉店準備だからもう連絡してこないでね。」
閉店後、元樹が定食屋に来て騒いだ。
「一体どういう神経してるの?営業中の定食屋に来て離婚したくないって騒ぐなんて。」
「免罪だったろ。」
「そうね。『俺には君しかいない。愛してるから帰ってきてくれ』なんて。よくもまあしらじらしい言葉を。旗から見たら妻に捨てられたかわいそうな夫だったわ。」
「家に帰ってやりなさいなんていう客もな。」
「お店の評判にもつがるから、もうああいうことはやめてちょうだい。次やったら営業妨害で訴えるわよ。」
「警察まで呼んでおいて何言ってるんだ?」
「示談で済んだんだから。感謝して欲しいくらいだわ。」
「ああ、お前は本当にひどい妻だよ。」
「なんと言われようとも、もう妻でいることをやめるわ。」
「そんなに俺の妻が嫌かよ。俺は高学歴の大卒で一流企業のエリート会社員だぞ。こんな有料物件、次は絶対にないからな。」
「私、そういう肩書きに興味はないの。」
「まあそうかよ。そんなに嫌なら離婚届出しといてやる。もう2度と帰ってくるなよ。みきの卒業式にも来なくていい。」
「そのつもりです。」
「本当にいいんだな。後悔するなよ。」
卒業式前日、マリエさんが定食屋に来た。
「あや子さんこんばんは。娘から聞きました。そちらの家で卒業パーティーをやってくれるんですって。ありがとうございます。」
「いえいえ。大したことでは。私は家を出ているので、みんなで楽しんでください。」
「ご飯は持ち寄りですか?どんなのがいいです?」
「あ、いえ、娘がパパが作るって言ってたから、手ぶらで大丈夫だと思いますよ。」
「助かります。じゃあ後で材料費お渡ししますね。それじゃあ当日はよろしくお願いします。」
卒業式当日、みきからLINEが来た。
「卒業式終わった。あんた今どこにいんの?」
「定食屋だけど。もう連絡してこないでって言ったよね。」
「私だって好きであんたに連絡したわけじゃないから。」
「じゃあなんで連絡してきたの?」
「行く当てないでしょ。うちに帰ることを許可するからさ。飾り付けとかしてパーティーの準備しといて。」
「父さんから聞いてない?離婚したのだからもう2度と家に帰りません。」
「知らないし。とにかくそろそろ帰るから準備しといてよ。」
1時間後、みきからまた連絡が来た。
「ちょっと、パーティーの飾り付けどころか料理も何もないってどういうこと?」
「どういうことも何も、見た通りじゃない。」
「嘘でしょ?友達みんな料理を楽しみにしてるんだよ。」
「そうなんだ。」
「人聞きみたいに言いやがって。」
「だって人だもの。」
「今なんとか引き止めてるから、あんた来てくれない?」
「お父さんに頼めばいいでしょ。」
「連絡つかないからあんたに頼んでんの。」
「ねえ、お願い。」
「どうして他人の私が行かなきゃいけないの?」
「最後に母親らしいことさせてあげる。だから早く来て。」
「し、これまでみきちゃんのために尽くしてきたよ。みきちゃんの部屋の掃除、服の選択、高校に入学する時の手続き、部活の送迎、みきちゃんに関わること全部私がやってきたよ。これでも母親としての勤めを果たしてないと言える?」
「でもさ、毎日のご飯やお弁当はパパが作ってたじゃん。」
「それも毎日私が作ってたけど。」
「え、だってあんたはいつも仕事で作る暇ないでしょ。どうやってご飯とお弁当用意すんのよ。」
「毎朝4時に早起きして朝ご飯とお弁当を作って、仕込みがあるから6時に出勤してたのよ。みきちゃんは寝てたから気づかなかったかしら。」
「え、でも夜ご飯は用意してくれてたよ。」
「それも朝のうちに作り置きしておいたのだから、あとは連チして出すだけ。」
「いやいや、あんた帰らない日もあるじゃん。そういう時はどうすんのよ。」
「一旦帰ってたよ。ご飯作るためだけに。そうよ。だから料理も私がやってたの。」
「嘘だ。」
「ねえ、私が出て行ってからお父さんはまともなご飯を用意してくれた?最近は精神的にしんどいから作れないって。スーパーとかコンビニの半額弁当ばっかりでしょ。どうしてかわかる?お父さんは料理ができないからよ。」
「じゃああや子さんに料理お願い。みんなが不機嫌になってきて。料理はまだか?嘘だったのって言われてるの。娘の頼みなら聞いてくれるよね。」
「私はもう母親じゃないから無理よ。」
「そんなどうしたらいいの?」
「お友達にはちゃんと謝って帰ってもらうしかないわね。」
「あや子さんのご飯美味しかったのは本当なの?あや子さんのご飯また食べたいから作って。」
「どうしても私のご飯が食べたいなら、定食屋に買いに来なさい。」
「お願い、お母さん。」
「中卒の低能女は認めないんでしょ?母をずらしてごめんなさいね。それじゃあ2号店の出展の準備で忙しいから、これでもう他人に連絡してきちゃだめよ。じゃあね。」
「ごめんなさい。謝るから。」
5分後、みきが元樹に電話した。
「パパ、あの女から聞いたよ。今までご飯やお弁当、あの女が作ってたって。なんでそんな嘘ついたの?」
「何もできないただのバカ父親なんてかっこ悪いだろう。」
「え?そんな理由で?」
「みきだってかっこいい父親だって自慢してたじゃないか。」
「それはそうだけど、まさかママの時も?」
「そうそう。ママの時も俺がやったってことにしてたんだ。みきにもかっこいいって思われたかったからさ。」
「そんな、私、ママに違うママが良かったって。」
「だから離婚した時、俺について行くって言ってくれてすごく嬉しかったよ。これからも一緒に頑張ろうな。」
「嫌だ。私、ママのところに帰る。」
「ママはもうとっくに再婚して別の子供がいるぞ。」
「は?」
「ママはもうみきのママじゃないんだよ。分かったら黙って俺のところにいろ。で、周りに自慢しとけよ。」
「ママのところに帰りたい。」
「もういいか。俺忙しいからさ。じゃあな。」
閉店後、マリエさんが定食屋に来た。
「こんばんは。娘から聞きました。あの、パーティーができなかったのには訳があって、分かってます。あや子さんを攻めるつもりはありません。本当はあや子さん、あなただったんですね。あの豪華なお弁当を作っていたのは。」
「今まで誤解していてごめんなさい。」
「分かってもらえたならいいんです。」
「これが誤解なら、あや子さんに言わなきゃいけないことがあります。何でしょう?旦那さん、浮気してますよ。」
「え、それ本当ですか?」
「目撃情報が多数ありますから間違いありません。」
「ならどうして今まで教えてくれなかったんですか?」
「恥ずかしい話。旦那さんからあなたは何もしない人だって聞かされて、私たちはそれを信じてしまったんです。やけにPTAを率先してやってくれるなと思ったら、皆さんにまでそんな嘘をついていたんですね。本当にごめんなさい。そんな奥さんなら他に女性がいても仕方ないよねって、ママ友のみんなで話してたんです。」
「仕方ありませんよ。マリエさんは何も悪くありません。私でもそう思うと思います。」
「お詫びと言っては何ですけど、もしあや子さんが戦うなら、私たちも協力します。」
「いいんですか?」
「もちろんです。証言も写真も提供できますよ。」
「ではお願いします。」
「はい。任せてください。ママ友グループラインも作っちゃいましょう。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
翌朝、みきが定食屋に来た。
「あや子さん、助けて。」
「朝早くから何?私、今回閉店準備中なんだけど。」
「卒業パーティーできなかったよ。」
「そう。残念だったわね。」
「パパの嘘のせいで友達みんななくしちゃったし。」
「そんなことでなくなるような友達関係しか気づけてないのね。」
「ママももう別の子供のママになっちゃったんだって。」
「そうなの?自業自得ね。」
「私、気づいたの。本当の味方と母親はあや子さんだって。だからまたご飯作ってください。お願いします。」
「みきちゃん、今まで私に何を言ったかもう忘れたの?」
「それは覚えてるけど。」
「だったら虫が良すぎると思わない?」
「でも私だって騙されてたんだよ。仕方ないじゃん。」
「そうかな。もっと周りの人の言うことにも耳を傾けていれば、こんなことにはならなかったと思う。」
「それだけでパパの嘘が分かるわけないじゃん。」
「少し考えたら分かったはずよ。あなたはもう18歳。何でもかんでも人に考えを委ねてはだめ。それから、間違いに気づいたら謝ること。」
「なんで私が?」
「みきちゃん、あなた、嘘だと気づいてから私に謝った?お友達には?」
「謝ってない。」
「謝ることができたら、あなたは立派な大人になれる。本当に反省してるのなら、今から変わってください。今からでも遅くないから。」
「ごめんなさい。もう連絡しません。」
「元気でね。」
昼休み、元樹が電話をかけてきた。
「みきが俺の実家で暮らすって言いやがった。俺と暮らすと自分のためにならないからだそうだ。」
「そうなんだ。それ、離婚した私に関係ある?」
「ある。お前何か余計なこと言っただろう?」
「私は事実を伝えただけよ。家事にご飯、学校のこと全部私が担っていたって。」
「みきに対して父親としての威厳が保てないだろう。」
「威厳?あなたは世間体を気にしてるだけよね。あなたは他人からの評価に飢えた承認欲求の塊。それにみきちゃんを利用してるだけじゃない。」
「世間体を気にして何が悪い?」
「世間体ね。堂々と浮気してる人が何を言ってるのかしら?」
「は?何を言い出すかと思ったら、俺が浮気?そんなことするわけないだろ。証拠あるのか?」
「あるわ。マリエさんや他のママ友がみんな見てるの。みんな私に協力してくれるそうよ。」
「はあ。どんなところを見たって言うんだよ。」
「ショッピングモールで若い女と手をつないで歩いてたって。卒業式の日もその女とデートしていたらしいわね。みきちゃんが1人でかわいそうだって言ってたわ。」
「ああ、これだから田舎は噂が回るのが早くて困るよ。」
「認めるのね。」
「はい。はい。浮気しました。でもさあ、少しくらいいいじゃん。お前みたいな中卒女と一生暮らすとか罰ゲームだろ。例えるならお前は白ご飯で、彼女はおかずだよ。白ご飯ばっかじゃ飽きるだろ。」
「じゃあその彼女と結婚したらいいじゃない?」
「いやあ、顔と体はいいけどさ、家事力は壊滅的で飯も激マズなんだよね。でもまあ遊ぶのにちょうどいいから再婚はしないさ。心まで好きになったわけじゃない。」
「だから浮気じゃないって言いたいの。」
「浮気じゃないだろう。お前が本だったんだから。」
「体の関係もあったなら、それは浮気よ。なので弁護士に相談して慰謝料請求します。」
「好きにしろよ。俺と彼女にそれぞれ200万円とかだろ。俺は一流企業に勤務してるからそれくらい余裕だわ。」
「そうならお金の心配はなさそうね。それと、結婚した時に買ったマンションの名義。」
「それが何だよ。」
「私の名義なので、今月中に出ていってください。」
「は?ならなんで家出したんだよ。」
「みきちゃんに言われて仕方なく家を出ただけよ。」
「もう2度と帰らないって言ってたじゃねえか。」
「ええ、帰らないわ。売るつもりだから。」
「なら財産分与で半分は俺のものだよな。」
「何言ってるの?私の貯金で買ったんじゃない?」
「あのな、結婚後の貯金は共有財産だぞ。その金で買ったなら家も共有財産になるんだ。中卒だから知らなかったんだな。」
「残念。独身時代の貯金よ。だから財産分与の対象外です。」
「なんだよそれ。ふざけんな。低学歴のくせに調子に乗んなよ。」
「確かに中卒だけど、その分普通の人より苦労したわ。働いて働いて働き続けて2号店まで出したの。私の頑張りと人生をあなたに否定される覚えはないわ。」
「分かった。じゃあ再婚しよう。お前を失って気づいたんだよ。俺はお前がいなきゃ何もできない。俺にはお前が必要なんだ。だからもう一度あの味噌汁を作ってくれ。」
「私のご飯を食べたいって言ってくれる人は他にもたくさんいるの。これからはその人たちのために作るわ。あなたにはもう2度と作りません。さようなら。」
その後、弁護士を通して元樹と浮気相手にそれぞれ慰謝料として250万円を請求しました。この件で、マリエさん含むママ友たちの間で語られていた元樹の完璧な育児像も完全に崩壊しました。ちなみに浮気相手は元樹の職場の部下でした。そのため職場でも噂が広まり2人は左遷。しかしそこでもすでに噂が広まっており、居づらくなった2人は退職しました。今は2人でトイレ風呂なし6畳一間月2万円の安アパートで暮らしているそうです。浮気相手は家事力0なので毎日激マズご飯を食べて暮らしているそうな。人に言ったことは自分に帰ってくるいい例ですね。
一方みきちゃんは、父方の祖父母の家で暮らすことになりました。高齢の祖父母に代わって家事や料理などを手伝うことで、自分の言動を少しずつ反省するようになったようです。アルバイトも始め、生活の大変さを知ったみきちゃん。その後みきちゃんがどう生きていくかは、これからの彼女次第でしょう。
私はと言うと、ようやく2号店がオープンしました。ありがたいことに2号店も繁盛し始めたところ。そんな中、驚いたことにそこにみきちゃんが来店したのです。バイト代で定食を買いに来たんだとか。涙を流しながら美味しいと言ってくれたみきちゃんのあの綺麗な顔が忘れられません。これからも両親が残したこの味を守っていきます。



