「ねえ、ひろ。今度の休みにお見舞いに行きたいんだけど、いい?具体的な曜日を教えてくれる?」
「土曜日ならダメ。別の日にしてもらえる?」
「どうして私が夫のお見舞いに行くのに、あなたの許可が必要なの?こんなの変よ。」
「そういう約束をしたはずよ。お見舞いは週に一回、私が許可した日だけ。あなたがそうしないと許さないって言ったから、そうなったんでしょ?」
「それは……でも、お父さんのことは心配なのよ。」
「約束を守りなさいよ。勝手なことをしたら本当に許さないからね。お父さんがくも膜下出血で倒れたのは、あんたのせいなんだから。本当なら、あんたと会わせたくもないのよ。」
「そんなことを言われても困るわ。くも膜下出血は誰にでも起こり得るもので、具体的な原因があるわけじゃないの。私が原因だって言うのは間違ってるわ。お医者さんだってそんなことは言ってなかったし。」
「あんたが家で何もせずにだらだらしてるから、お父さんがあんたの分まで働かないといけなくて、そのストレスで倒れたんだよ。それなのにあんたは全然反省してないし。」
「専業主婦をしているのは、お父さんと話し合って決めたことよ。そんなの関係ないわ。私はここまでお父さんを追い詰めたあんたを許さない。それに、まだ意識が回復したばかりで喋るのも疲れるんだから。家族しか会えないようにするべきなのよ。」
「それは私だって説明を聞いてるから分かってるわ。だから私だって会う資格はあるはずよ。」
「あんたは家族なんかじゃない。途中から我が家に横入りしてきたくせに、偉そうなことを言うな。」
「横入りって、そんな言い方はしないでよ。確かにあなたたちにとって私は再婚相手だと思うけど、結婚したんだから家族で間違いないわよ。」
「どうせ家事をするからって理由でお父さんに近づいたんでしょ。お父さんは離婚してから家事と仕事で大変そうにしてたからね。」
「そうね、私も力になれればいいなと思ってたわ。でも、二人の大変な状況を利用して潜り込んだみたいに言われるのは嫌よ。そんなつもりじゃなかったし。」
「はっ、よく言うわよ。働かないで生活するために私たちに近づいてきたくせに。」
「そんなことないって言ってるでしょ。」
「仕事もしてない人間に何の価値もないのよ。そのことは自覚してもらいたいわ。」
「私は家事をして家庭を支えたいと思ってるのよ。」
「そんなの不要よ。誰でもできることなんだから。とにかく、私の言いつけを守って、勝手にお見舞いには行かないでよ。」
「……分かったわ。また別の日を提案させてもらうわ。」
翌日。マナは友人と話していた。
「ねえ、樹君は意識が戻ったんでしょ。もう会ったの?」
「ええ。意識が戻った日に病院から連絡があって、その時には会ってるわ。でも、そこからはお見舞いに行けてなくてね。」
「あれ、どうして?専業主婦なら時間の融通はきくでしょ?」
「ひろがダメだって言うのよ。」
「ダメって、どういうこと?」
「なんか突然、お見舞いに来るなら自分の許可を取れって言い出したのよ。」
「なんだそれは。そんなの聞く必要ないよ。妻なんだからお見舞いに行っていいはずだ。」
「私も何度もそう言ったんだけど、全然聞いてくれなくて。勝手に行ったら縁を切るとまで言われちゃってるのよ。」
「なんでそこまで?お前のことが嫌いなのか?」
「そうみたいね。……私のことが嫌いみたい。」
「嫌いって、一緒に暮らすようになって5年だろ。」
「そうなんだけど、やっぱり多感な時期に再婚したし、いきなり母親だと言われても受け入れられないんじゃないかと思うのよ。無理やり言わせたりはしてないけど、関係性は全然築けてなくてね。」
「だとしても、お見舞いにも自由に行かせないなんてなあ。」
「私だって、意識を取り戻した夫と会いたいわ。でも、ひろとの関係が今以上に悪くなるのも嫌だし。」
「全く合わせてくれないわけじゃないのよ。ちゃんと指定したら会わせてはくれるから。」
「それもそれで変な話だな。」
「そうね。もしかしたら反抗期みたいな感じなのかも。」
「だとしても、お前は母としての務めはきちんと果たしてるんだろ?」
「自分なりにはやってるつもりよ。それに、お前は二人を支えるために仕事だってやめてるしな。」
「それは別に関係ないわ。自分でもやめ時かなって思ってたところだったから。バリバリ働きたい気持ちはあったけど、プライベートな部分は充実してなかったし、やめ時としてもいいタイミングだと思ってるのよ。見返りも十分すぎるくらいもらったしね。それに、やっぱり家に帰って一人は寂しいから。」
「お前が納得してるのなら、それでいいんだが。」
「いつかはひろと仲良くできたらいいなと思ってるんだけどね。」
「そんなに家族のために尽くしてるのに、伝わらないのは辛いな。」
「そうね。いつかはお父さんとも同居ができたらいいなと思ってるんだけど、まだまだ難しそうね。」
「そんなのは気にしなくていいんだよ。」
「だって、一人ぼっちは寂しいよ。今回の弘樹の件だってあるし、いきなり倒れるなんて本当に恐ろしいわ。だからお父さんにも近くにいてほしいのよ。」
「何度か行かせてもらったが、そっちの家は俺が住めるほど広くはないだろう。」
「ここはそうだけど、いいところがあるのよ。向かいにいい感じの家があってね。弘樹もあんなところに住めたらいいなって言ってたから。」
「そうか。まあでも、そっちはあまり考えなくていい。マナは自分の幸せのことだけを考えておけばいいんだよ。」
「家族みんなが仲良くできるのが、私の幸せなのよ。」
二週間後。ひろがマナの部屋に押し入ってきた。
「ちょっと、これ、あんたの仕業でしょ?」
「何がよ。馴れ馴れしく連絡してこないで。こっちは友達と楽しく遊んでるんだから。」
「私の部屋にあった荷物を家の外に捨てておいたでしょ。どうしてこんなことするのよ。嫌がらせだとしても悪質よ。」
「嫌がらせじゃないわ。お父さんに寄生するだけのババアの荷物だから、捨てといたのよ。」
「どういうこと?」
「約束も守れない寄生中なんて、我が家には必要ないのよ。」
「何を言ってるの?」
「あんた、勝手にお父さんのお見舞いに行ったでしょ。」
「え?もしかして、お父さんから聞いたの?」
「ええ、そうよ。私に連絡してきたから。どうして?」
「聞きたいのはこっちの方よ。勝手にお見舞いに行くなと、私は約束したはずよ。」
「だって、あなたに許可を取ろうとしても、全然いいって言ってくれないじゃない。私は会いたい気持ちをずっと我慢してたのよ。お父さんが今どういう状況か、私だって心配なんだから。」
「そんなの私が報告してやってるでしょ。」
「私がしつこく聞いて、ようやく適当に返事をすることを報告とは言わないわ。もっと詳しく知りたいのよ。」
「あんたがそんなことを知る必要はないのよ。他人のくせに出しゃばるな。」
「私は他人じゃないわ。家族よ。」
「あんたがそう思い込んでるだけ。私たちはあんたを家族とは認めてないから。それにお父さんも当たり前でしょ?普通に考えてみなさいよ。仕事もしないで家にいるだけ。何の生産性もないババアを、どうして愛せると思う?」
「でも、お父さんは私を必要としてくれたわ。」
「それは五年前のあの時だけよ。私も高校生になったし、お父さんも稼げるようになった。家事くらい私だってできるし、難しくてもハウスキーパーを雇えるくらいにはお父さんは稼いでるからね。つまり、あんたなんてこの家に不必要ってことよ。だから、今すぐ荷物をまとめてこの家から消えてくれる?お父さんが退院する時には、ゴミ一つない我が家で迎えたいからさ。」
「それがお父さんの意思なのか、確認させてもらうわ。」
「余計なことをするな。パパは入院で大変なの。入院中は黙ってこの家から消えろ。」
「そんなに私が邪魔なのね。」
「当たり前でしょ。手術代とか入院費用だってすごく高いみたいだから、これからお金が必要になるのよ。そうなったら、あんたみたいな穀潰しは我が家に置いておけないの。」
「そう。それがあんたの気持ちなのね。分かったら、さっさと出てけ。」
十分後、マナは病院で夫の弘樹と向き合っていた。
「ひろが私が病院に行ったことを、あなたに話したんでしょ。」
「ああ、言ったよ。ひろがもし勝手に来たら報告してくれって頼まれてたからな。俺も、お前が勝手に来たことは黙っておいてくれってお願いしたけど、やっぱり血の繋がってる家族との約束の方が大事だよ。」
「私は家族じゃないってこと?」
「そりゃそうだろ。」
「意識を取り戻してから初めて会ったけど、あなた、人が変わったように冷たかったわ。」
「命を取り留めてから、考え方が変わったんだ。俺は自分の人生と家族のことだけを考えるようにしていく。」
「そこに私は含まれてないのね。」
「当たり前だろ。お前は赤の他人だ。」
「ひろから出ていけって言われたけど、あれはあなたの気持ちでもあるのよね。」
「そうだよ。俺たちの幸せに、お前は邪魔だ。ひろの将来のためにも環境は大事にしたいからな。俺と別れて、そのいい環境が手に入れられると思ったんだ。」
「だから、お前とはもう終わりだ。さっさと離婚してくれ。」
「……分かったわ。じゃあ、出てくね。」
「やった。」
一ヶ月後。ひろがマナの新居に怒鳴り込んできた。
「ちょっと、どういうことなのよ。」
「あら、何よ。いきなり。もう私たちは赤の他人でしょ?なんで連絡してくるの?」
「あんたがおかしなことをしてるからでしょ。どうしてあんたが向かいの家に住んでるのよ。」
「ああ、もう気づいちゃったの?引っ越してまだ数日しか経ってないのに。」
「あんたが向かいの家から出ていくところを見たのよ。どうしてあの家にあんたが住めるのよ。」
「引っ越し先を探してたのよ。でも、その時はまだ離婚するなんて考えてなかったから、この辺りでなるべく広いところがいいなって話してたの。その時に弘樹が、向かいの家なんてどうだって言ってたから、不動産屋で話をしてたのよ。ずっと空き家状態で、相手がいないって言ってたから、そっちの家を追い出されてすぐに購入の手続きをしたのよ。」
「ふざけないで。そんなことできるわけないでしょ。」
「なんでよ。」
「そこの家はめちゃくちゃ豪邸じゃない?そんな家を買えるお金があんたにあるわけないでしょ。」
「いいえ、それが可能なのよ。」
「何を馬鹿なことを。」
「私が結婚する時に仕事をやめたのは知ってるでしょ?」
「ええ、もちろん知ってるわよ。」
「あなたには詳しく話してなかったけど、私は会社員として辞めたんじゃないのよ。」
「どういうこと?」
「私は会社の経営者だったのよ。プログラミングを高校生の時から趣味でやってて、そのノウハウを生かしてプログラミング専門のスクールを始めたの。最初はそんなに注目されなかったけど、小学校の指導に組み込まれた辺りから注目されるようになって、受講者がうなぎ登りになったわ。そこから通信教育なんかも始めて、業績は右肩上がりになったのよ。そんなタイミングで、私は会社ごと売って家庭に入ることにしたの。」
「……それを黙ってたの?」
「あなたには黙っておいて欲しいってお願いしてたのよ。お金があるというだけで、人は変わってしまう。そういう人を私はたくさん見てきたから。あなたにはのびのびと生活して欲しかった。そして、必要な時期が来たら話そうと決めてたの。でも、まさかこのタイミングになるとはね。ちなみに、先月の入院費は私が払ってるからね。離婚の話が出る前に支払いを済ませておいたから。400万の入院費を私が払っておいたのよ。まあ、高額療養制度があるから、後から還付されるけどね。」
「変な嘘ばっかり言うな。」
「嘘なんかじゃないわ。私は本当のことしか言ってない。」
「どうせ自分の父親に借金でもさせたんでしょ。あんたは家族に甘える天才だからね。」
「そんなことないわよ。」
「もういいよ。あんたとは話にならないわ。」
五分後、ひろは祖父に電話をかけていた。
「おじいちゃん、騙されてるよ。」
「はあ?なんだ、急に。」
「おじいちゃんが自分の娘に騙されてるから、ほっておけなくて連絡したのよ。」
「もう離婚したんだから、俺たちは無関係のはずだ。変な連絡をしてこないでもらおうか。」
「こっちは優しさで言ってあげてるのよ。マナさんに家を買ってあげたでしょ。どうしてそんなことをするのよ。あの人にそんなお金を使ったって意味なんてないよ。」
「何をわけのわからないことを言ってるんだ。俺がマナに家を買っただと?」
「そうよ。あの人、とんでもない豪邸に一人で住んでるんだから。」
「ああ、そのことか。あの家は私が買ったものではない。マナが買ったものだ。」
「そんなわけないでしょ。」
「あの家がいくらするか知ってるか?三億だぞ。三億。そんなお金を、中小企業のサラリーマンである俺が払えるはずもないだろう。全てマナが出してくれたんだ。私のことを思って買ってくれたんだよ。」
「どういうこと?」
「マナはいつか同居したいと言ってくれてたんだ。そのために何度か物件の情報を見せてくれた。その中に、あの豪邸があったんだ。若い頃、妻といつか豪邸で暮らせたらいいなと話してたことがあってね。妻は花が大好きで、広い庭付きの家に住んで、その庭を自分が育てた花でいっぱいにするのが夢だって話してたんだ。そして、それをマナに伝えたんだよ。そうしたら、マナはその家を買うように動いてくれた。」
「おじいちゃんのために。」
「そうだ。本当に感謝の気持ちでいっぱいだよ。今は早期退職制度を利用して仕事をやめて、そっちに引っ越そうと思ってる。またマナと一緒に暮らせるのが楽しみでたまらないよ。そして、妻の代わりにあの庭に色とりどりの花を咲かせようと思ってるんだ。」
「じゃあ、マナさんが金持ちだってのは本当なの?」
「本当だよ。マナはすごいやり手だったんだ。それでいて、仕事人間でもあったからな。」
「どうしてそんな人が、会社を手放すなんてことをしたの?」
「君のためだよ。」
「私のため?」
「うちは母子家庭だったんだ。妻を早く亡くしてね。私は仕事が忙しくて、マナの相手をしてやれなかった。あの子はそれが寂しかったんだろう。だから、同じ思いを君にさせたくないと言って、仕事をやめたんだ。」
「再婚した時、私はまだ十二歳だったのよ。」
「マナにとっては、年齢は関係なかったんだろう。君に一秒でも寂しい思いをさせたくなくて、家庭に入ったんだ。そこまで君たちのことを思ってたのに、まさか追い出されるなんてね。」
「だって、私はそんなこと知らなかったから。」
「知らなかったのは、仕事の部分だけだろ。それ以外のところで、マナは家族のために尽くしていた。それでも感謝の気持ちを抱かなかったのなら、お前たちの精神はどうかしてるよ。そんな人間とマナが別れてくれて、こちらとしては良かったと思ってる。これからは近所で生活することになるが、こちらに関わるのはやめてくれよ。」
十分後、今度は弘樹がマナに電話をかけていた。
「おい、豪邸を買ったってのは本当か?」
「ええ、そうよ。別にいいでしょ。それよりも、退院はしたのかしら?それなら、色々と財産分与とかの手続きをしたいんだけれど。」
「もう退院してるよ。」
「ありがとう。それじゃあ、弁護士を交えて話し合いをしましょうね。」
「あんな豪邸を買って、金は残ってるんだろうな。」
「そんなの、あなたに心配されたくないわ。」
「俺が心配してるのは、財産分与の取り分だよ。もしかして、こっちの取り分を減らすために買ったんじゃないだろうな。」
「やっぱり、離婚を言ってきたのは財産分与があったからだったのね。」
「そりゃそうだろ。お前と結婚したのは、金が目的だったからな。それがバレないようにずっと隠してたんだ。お前は本当に俺が愛してるから結婚したと思い込んでたみたいだな。」
「そうね。でも、違うってことは分かったわ。」
「遅すぎたな。それじゃあ、財産分与でお前の資産の半分はこっちがもらうからな。」
「残念だけど、そんなことはできないわ。」
「はあ?おい。無茶苦茶なことをするな。夫婦である以上、離婚したら財産分与をするのは当然なんだよ。五年も夫婦やってやったんだぞ。」
「財産分与を嫌がってなんかないわよ。でも、あなたは私が会社を売って得たお金を渡せって言ってるんでしょ?それはできないって言ってるのよ。」
「どういう意味だよ。」
「財産分与っていうのは、共有財産を分けることよ。夫婦として築き上げたものを分けるってイメージね。でも、私が会社を売ってお金を得たのは、あなたと結婚する前のことよ。」
「そうだっけ?」
「まあ、タイミングの際どいところではあるけど、結婚前なのは確かだから。つまり、私が会社を売って得た資産は特有財産で、財産分与には含まれないの。」
「じゃあ、離婚しても俺は金を得られないのか?」
「そうよ。だって、私は仕事してないから。むしろ、あなたの貯金から半分をもらうことになるわ。」
「ふざけるな。そんだけ金があるのに、必要ないだろうが。」
「必要はないけど、もらわないとね。だって、これが法律上のルールだからさ。財産分与は当然だって、あなたが言ってたんだから。きっちりと支払ってもらうからね。」
翌日。ひろがマナの家にやってきた。
「マナさん、もうこれ以上、父さんをいじめないで。」
「どうしたの?私は弘樹をいじめてなんかないわよ。」
「お父さんがお金がないって困ってるのよ。」
「ええ、そうなんだ。でも、お父さんはたくさん稼いでくれてるから問題ないわよ。」
「くも膜下出血の後遺症で、腕にしびれが残ってるのよ。だから、まだすぐには働けないんだって。」
「……それは初めて聞いたわね。」
「これは嘘じゃないわ。病院に確認したら分かることよ。だから、財産分与はなしってことにしてよ。」
「それは、お父さんにお願いされたの?」
「私ね、来年、大学受験を控えてるの。大学に進学するにはお金がたくさんいるって、分かってるよね。」
「もちろんよ。いざとなったら私の資産を使おうかなって思ってたくらいだから。」
「だったら、私のお願いを聞いて。そんなことはしなくても問題ないでしょ。」
「なんでよ。さち子さんって人に稼いでもらえばいいんじゃない?」
「……何を言ってるの?」
「私が何も知らないと思ってた。離婚を突きつけられてから、冷静にあんたたちの言動を振り返ったのよ。いくら私のことを嫌ってても、お見舞いに行かせないなんて、やっぱり変だったわ。それで、何かお見舞いに行かせるとまずいことがあるんだろうと思いついたの。それで探偵を雇って調べてもらったわ。そうしたら、弘樹はさち子って女と不倫をしてた。何度もその人は弘樹のお見舞いに来てたわ。付き添いを務めてる人みたいで、あなたもさち子さんにはかなり懐いてるって話だったわ。それであんたは、さち子さんがお見舞いに行けるように、私のことを排除したのよ。弘樹は意識不明だったから、おそらくあんたとさち子さんで話し合って、そうしてたんでしょうね。」
「いや、そんなの私、知らないから。」
「嘘をつかないでよ。とにかく、あんたたちは不倫の事実を隠して離婚したかったんでしょ。慰謝料を搾取するのが目的だったと思う。でも、残念でした。私はもう証拠をがっちりと掴んだから。弘樹とさち子さんに、慰謝料を請求させてもらうわ。」
「またお父さんからお金を取るの?」
「そうなるわね。しっかりと請求させてもらうわ。」
「じゃあ、大学は?」
「そんなの知らないわ。弘樹とさち子さんでなんとかするんじゃない?財産分与をするだけで、金銭的に進学は難しくなるって、お父さんは言ってたんだよ。」
「そう。じゃあ、諦めるしかないわね。」
「そんな、お願いよ。私だけは許して。せめて学費だけは払ってよ。」
「私にそんなことをする義理はないから。」
「家族じゃないの?」
「よくそんなことが言えるわね。家族だと私は思ってたわよ。家族のためだと思って、色々とやってきた。でも、それを全て否定したのはそっちでしょ。何を都合のいい時だけ家族にするのよ。家族って、そんな都合良くやめたりするような便利なものなの?」
「お願いよ。私の人生を壊さないで。」
「先に壊されたのはこっちだから。自分だけが被害者ぶらないで。」
「お母さん、許して。」
「この後に及んで。はっきり伝えておくわ。私はあなたの母親でも何でもないから。」
「私は家族じゃないの?」
「違うわ。身勝手な人を家族とは呼べないから。」
その後、マナは弘樹たちに慰謝料を請求した。それがきっかけで、彼らの生活は一気に崩れていった。ひろは経済的な理由で大学進学を断念し、一度は就職したものの無断欠勤を繰り返して解雇。今は働くこともなく、家でだらだら過ごしていると聞いている。かつて人を寄生中呼ばわりしていた彼女が、今では誰かに養われる側になっているのだから、これ以上ない皮肉だ。
さち子はと言うと、後遺症で働けない弘樹を支えながら生活を続けていたが、その負担に耐えきれず、次第に不満を募らせていった。やがて金銭問題で警察沙汰となり、二人は離婚。現在はマナへの慰謝料を支払いながら、ギリギリの生活を送っているそうだ。
弘樹は離婚後、一人残され、在宅ワークを始めたものの、慰謝料とひろの生活費を賄うには全く足りず、借金を重ねる日々。このままでは破綻すると分かっていても、目先の生活のために借金をやめられないのだろう。人を裏切り、踏みつけてきた人間は、本当に困った時、誰からも手を差し伸べてもらえない。その現実を、彼らが身を持って思い知る日々が続いているようだ。
一方でマナは、父と二人での生活を始めた。会社を売却した資産のおかげで生活に困ることはなく、父も自分の好きなことに時間を使えるようになり、今はせっせとガーデニングをしてくれている。マナ自身も独り身となったことで、新たな事業を始めようと動き出している。家族との幸せな生活は手に入れられなかったけれど、父との穏やかな日々は確かにそこにあった。次は自分の手で、多くの人を幸せにすること。それが今のマナの目標だった。



