「蒼いとは結婚できない。母さんに言われてやっと目が覚めたんだ」――結婚式の直後、夫になるはずだった人がそう言って、私を切り捨てた。彼の母親は、私の両親が生活保護だと嘘をつき、貧乏人は奪う生き物だと息子に植え付けた。私は愛した人に、家族ごと見下され、何の事実確認もされないまま捨てられた。でも、私は泣きもせず、ただ静かに言った。「こっちから願い下げよ」と。そして、その後の展開は、誰も予想しなかっ…

「蒼いとは結婚できない。母さんに言われてやっと目が覚めたんだ」――結婚式の直後、夫になるはずだった人がそう言って、私を切り捨てた。彼の母親は、私の両親が生活保護だと嘘をつき、貧乏人は奪う生き物だと息子に植え付けた。私は愛した人に、家族ごと見下され、何の事実確認もされないまま捨てられた。でも、私は泣きもせず、ただ静かに言った。「こっちから願い下げよ」と。そして、その後の展開は、誰も予想しなかっ...

「お母さん、先日はご自宅にお招きいただきありがとうございました。高級マンションの放送会で驚いたでしょう。」

「はい。とっても素敵なお宅でした。うちの夫も大手広告代理店のエリートだけど、息子も同じ会社に入るなんて、遺伝子って大事よね。」

「はい、ご立派だと思います。ただ、私は肩書きで孝太郎さんを選んだわけじゃありません。」

「でも結果的にその恩恵を受けるのはあなたよ。収入があることはすごいと思いますが、私も仕事を続けながら支えていきます。」

「は?何言ってんの?女は家に入って夫を支えるものでしょ。」

「今時はそういう女性は少ないかと。」

「今も昔もないのよ。家中をピッカピカに磨いて、栄養のある食事を作って夫の帰りを待つの。それが妻の仕事。」

「できる限り頑張ります。」

「私の許可があったから結婚できるのよ。感謝してるの。」

「認めていただきありがとうございます。」

「来週は家の食事会ね。どんなご両親か楽しみだわ。」

「父も母も大人しいですが、尊敬できる両親です。」

「それはこっちが判断するから、店はそっちが予約しなさいね。」

「わかりました。」

数分後、私は孝太郎に打ち明けた。

「私、お母さんに嫌われてるみたい。どうしよう。」

「エリートの息子を全力で支えるために仕事はやめろって。」

「母さんらしいな。でも気にすることないよ。蒼いは蒼いらしくたらいいんじゃないかな。」

「ありがとう。一人息子の結婚で少し舞い上がってるだけだから、あまり気にしないでいいよ。」

「分かってる。ごめんね、愚痴っちゃって。俺は蒼いの味方だからさ。」

「その言葉があれば頑張れる気がするよ。」

「よかった。食事会のお店を決めるよう言われたんだけど、どこがいいと思う?」

「うーん。蒼いのご両親が好きなものでいいよ。うちの家族は好き嫌いないから。」

「そう。じゃあこちらで決めさせてもらうね。」

「悪いな。頼んだよ。蒼い、幸せになろうな。」

「うん。」

食事会当日。

「ちょっと想定外の貧乏人で驚いちゃったわ。」

「誰がですか?」

「あんたの親に決まってんでしょ。」

「特にお金に困ってるとかはないんですが。」

「頭も悪そうだったし、愛もないし、ボケも始まってるみたいだし。」

「ちょっと失礼すぎませんか?二人ともしっかりしてます。」

「だって母親の安物のワンピースにタグがついたままだったじゃない。」

「不注意だったと母が言ってたじゃないですか。」

「後でこっそり捨ててたのを見たけど、1万円だって。安物すぎて笑っちゃったわ。」

「わざわざ拾ってみたんですか?」

「しかもあの店は何?狭くって汚い、爺の寿司屋で他に客もいないし。人を舐めるのもいい加減にしなさい。」

「父の行きつけの寿司屋さんで、味は確かなんですが。お気に召さなかったようで申し訳ありません。」

「結婚ってのは両家同士の繋がりも大事なのよ。こんなに格差があるようじゃ、この先が思いやられるわね。」

「そう言われると返す言葉もありませんが、私は孝太郎さんが好きで一緒になりました。」

「だから何?」

「どうか温かく見守ってはいただけないでしょうか?」

「それはそちらの態度次第ね。結婚式あげるんでしょ?」

「はい。」

「その時に絶対に恥をかかせないでちょうだい。」

「うちの家族にそんな恥はありません。」

「たくさんのゲストが来るのよ。両家のバランスが取れていないことを悟られないようにしなさい。」

「わかりました。全所いたします。」

「じゃあよろしく。」

式前日、婚姻届を一緒に出しに行けなくてごめん、と孝太郎が言った。

「大丈夫。ちゃんと受理されたよ。」

「式の前日まで仕事大変だね。お疲れ様。」

「ありがとう。今はどこ?実家?」

「うん。独身最後の夜は家族で過ごしたくて。」

「そっか。ゆっくりしておいで。ご両親寂しがってるんじゃない?」

「そうだね。さっき指輪を持って行ったら、お父さん泣いちゃった。必ず僕が幸せにしますからって伝えて。」

「ありがとう。安心すると思う。母さんのことは気にしなくていい。俺が守るから。」

「うん。俺だけは蒼いの味方だってことを忘れないで。」

「嬉しい。明日の式楽しもうね。」

「最高の式にしような。」

式当日。

「孝太郎、お式の前にごめんなさい。ちょっといいかしら。」

「母さん、どうしたの?」

「あちらのご両親の服装見た?父親のスーツがダボダボなの。多分借り物よ。母親の黒いメガネもおそらくレンタルね。」

「そんなこと、どうだっていいだろう。」

「それが良くないのよ。親族の立ち話を聞いちゃったんだけど、どうやらあの夫婦、生活保護を受けてるみたいよ。あなたの小学校にも生活保護の子いたわよね。け太君。あの子のご両親を思い出したわ。やっぱり貧乏人風貌が似るのね。」

「蒼いの実家が生活保護?本当なのか?」

「そうよ。大問題でしょ。本当にあんな家と親戚になっていいの?あなたの将来に傷がつくわよ。」

「ごめん。時間だから。」

「そうだったわね。式を上げた後でも離婚はできるんだから、よく考えなさいよ。」

式終了後。

「ごめん。二次会ちょっと遅れる。母が体調崩して、家まで送り届けてくるね。お父さんはちょっと仕事が入ったみたいなの。」

「ていうか、式の後半、様子おかしかったよね。体調悪かったんじゃない?」

「別に。」

「そうならいいんだけど。二次会も無理しないでね。」

「蒼いは来なくていいよ。」

「え、なんで?30分くらい遅れるだけだよ。」

「ていうか、もう無理だから。」

「何が?」

「生活保護の家族は貧乏臭すぎて、ちょっと無理だわ。」

「はい?」

「金ないんだろ。」

「どうしてそう思うの?」

「蒼いのお母さんってアクセサリーつけないよな。」

「金属アレルギーなだけよ。」

「お父さんのスーツもダボダボでサイズ合ってなかったじゃん。」

「オーダーした時より痩せちゃったみたいなの。お直しする時間がなかったみたいで。」

「買う金なくて誰かに借りたんだろ。」

「違う。」

「蒼いのことは好きだったよ。でもそのせいで目が曇ってた。」

「結局何が言いたいの?」

「母さんにしつこく言われてやっと目が覚めたんだ。蒼いとは結婚できない。」

「ちょっと待ってよ。あなたが結婚するのは私でしょ?両親関係ある?」

「身分の差がありすぎて、嫌な思いするのは蒼いだよ。」

「身分って何?何時代の話をしてるの?」

「親父の会社知ってるよな。誰もが知る上場企業だ。」

「知ってるよ。母さんは死ニの駄菓子屋の娘だよ。」

「それも聞いた。俺はサラブレッドなのに、その自覚がなくて顔とスタイルだけで蒼いを選んでしまった。」

「私そのものを見てくれたんじゃなかったの?」

「6に名前も知られない中小企業の事務職だろう。」

「そうやって見下してたってこと?心の綺麗なところに引かれたって言ってくれたじゃない。」

「女子は内面褒めれば喜ぶって親父が言ってたから。」

「何それ?」

「自分だって親が貧乏だってこと隠してたじゃん。お互い様じゃないか。」

「そうかもしれないね。言わない方がいいこともあるのかもしれない。」

「結婚式直後で悪いが、離婚な。」

「随分と軽いことをさらっと言うんだね。」

「先に籍入れちゃったの失敗だったけど、仕方ない。」

「昨日までのあなたとは別人みたい。」

「真実を知って軌道修正してるだけだ。」

「二次会には私の友達もいるのよ。なんて説明するつもり?」

「今日のところは具合が悪くなったとか言っといて、数ヶ月くらいしたら離婚しましたって報告すればいいだろう。」

「みんなお金も時間も使ってお祝いしに来てくれたのに。」

「そうやってすぐ金の話に持っていくところとか、やっぱり貧乏臭いんだよな。母さんの言った通りだったわ。ま、どうしても俺の妻でいたいなら、家族と縁を切れば考えてやるけど。」

「冗談じゃないわ。」

「いいよ。離婚で。」

「強がるなよ。実家と絶縁さえすれば俺と一緒に入れるんだぞ。」

「本気で言ってるの?」

「もちろん。」

「あなたとならどんな苦労も乗り越えられると思ってた。家柄やお金じゃなく、孝太郎という人を愛してたのに。」

「悪いけど、お前らみたいなのに寄生されたら俺まで人生終わっちまう。」

「そっか。私じゃなくて、あなたを飾る都合のいい人が欲しかっただけなのね。ここまで大事な両親を馬鹿にされて限界だわ。こっちから願い下げよう。あなたの異常性に早いうちに気づけてよかった。」

「異常なのはお前らの図々しさだろ。」

「地位による格差や経済的な差があるのは事実よ。でもお金で人間性は測れない。」

「金がないやつは奪うことしか考えてないんだ。俺が言ってた大学にも貧乏人はいたけど、いつも俺たちを利用しようとしてた。」

「じゃあなぜ私を結婚相手に選んだのよ。」

「港区の社長が連れてる女はみんな顔がいいし、それでいいと思った。でも結婚となったら別だし、母さんの言う通りだったよ。」

「顔合わせの段階で言えばよかったのに、式の直前で気が変わった。あなたの気分でどれだけの人を振り回したと思ってるのよ。」

「無理なもんは無理。話は以上。」

「ところで、さっきの生活保護って何?誰に聞いたの?」

「母さんがそっちの親族の話を聞いたんだ。」

「そう。分かった。さようなら。」

「泣いてすがったりしないんだ。」

「もう書ける言葉もないわ。こっちは適当に盛り上がって解散しとくから。」

「じゃ。」

数日後。

「あんたたち、もう離婚するんでしょ。」

「そうね。」

「やっぱり私の思った通りになった。」

「短い間ですが、お世話になりましたね。」

「嫌味な女。育ちが悪いと俺も言えないのね。」

「何のご要件でしょうか?」

「私の息子の戸籍を汚したのよ。謝罪はないの?」

「汚れたのはこちらも同じです。」

「何言ってるの?うちの苗字を一瞬でも名乗れたんだから。箔がついたってもんでしょう。喜びなさいよ。」

「どれほどの箔か存じませんが、私はそのようなものに価値を感じていません。」

「いかにも貧乏人が言いそうなセリフね。」

「あなたが見下している貧乏人の基準が分かりませんが、そのような方々のおかげで自身の生活が成り立っているんじゃないですか?」

「逆よ。私たちのような特権階級がいるからあなた方が生きていけるの。」

「知ってる。あなたたち庶民がなぜ安い値段で飛行機に乗れているか?ファーストクラスに乗る人がいるからですよね。」

「あら、知ってたのね。私たちのような高額なチケット代を払う乗客がいるから、高々数万で飛行機に乗れるの。それがこの世の心理よ。」

「それが何だって言うんですか?」

「仮にあなたと息子が結婚して家族旅行にでも行ったとしましょうか?私たちはビジネスクラス、あなた方はエコノミー。それだけでせっかくの旅行が台無しにならない?」

「そんな旅行にそもそも行きませんので。」

「がりだけは一人前ね。」

「もういいです。言い争う気もありません。」

「私も鬼じゃないし、あなたの幸せを願ってるのよ。どレベルのフリーター男でも捕まえて、身分相応の暮らしをしなさいね。」

「差し出される覚えはありません。余計なお世話でしたね。じゃあ失礼。」

1年後。

「あい、久しぶり。元気にしてた?」

「今更なんの用よ。」

「よ、どうしてるかなと思って。用があるなら早くして。」

「実はさ、高校の同級生で医者になったやつがいるんだけど、そいつに聞いたんだけど、蒼いの父親が心臓外科の権威って本当なのか?」

「だったら何?」

「実は俺の母さんに心臓の病気が見つかったんだ。」

「それは気の毒ね。」

「すごい医者だってことは承知の上で頼みたいんだけど、手術の順番すっ飛ばせないかな。」

「冗談やめて。」

「親父が金ならいくらでも出すって言ってるんだ。」

「よく私や父に頼み事なんかできるわね。呆れるわ。」

「緊急事態なんだ。仕方ないだろう。」

「悪いけど、うちの父はワイロは受け取らない。諦めて。」

「なんで医者だってこと隠したんだよ。」

「そういう風に肩書きを知った途端、特別な扱いを求めてお金で順番をどうにかしようとする人が多すぎるからよ。」

「それの何が悪いんだ?」

「言っておくけど、父はどんな大企業の社長でも有名な政治家でも優遇はしないから。外来でちゃんと診察をして、その重症度から手術日を決めてるわ。当然、俺礼も一切受け取らない。」

「あんな地味なおっさんがすごい医者だったなんて。」

「昔から身なりには一切気を使わない人だった。愛想も良くないし、世間との付き合いもしない。でも患者さんにはとことん寄り添う医師よ。私はそんな父が大好きだし自慢なの。」

「だったらそれを早く言えばよかっただろう。」

「仮に言ったとしようか。そして仮に私たちが結婚してたとする。それでも父がお母さんを優先することはない。」

「なんだよ。ただの頑固なじじいじゃねえか。」

「真っ直ぐなだけ。今まであなたたちのようなお金でどうにかなると思ってる人たちから心ない言葉を投げられてきてるから、そのくらい慣れてると思うわ。」

「使えないじじいだな。」

「父に直接そう言ってみたら?」

「どうせ言えば手術はしませんとか言うんだろ。」

「うん。それでも順番が来れば手術はする。私の父はそういう人なの。」

「くだらねえ。母さんを助けられないなら、俺にとっちゃいないも同然なんだよ。話は終わり。忙しいから失礼するわ。」

「これで母さんに何かあれば許さないからな。」

「逆恨みはやめてください。さようなら。」

数日後。

「父を名指しで攻撃してるのはあなたね。」

「証拠があって言ってんのか。」

「つい先日手術を断ったばかりで、ネットであることないことが拡散されてるのよ。疑われても仕方ないでしょう。」

「俺以外の可能性だってあるだろう。」

「断ったのは直近であなたしかいない。」

「失敗した患者の遺族かもしれないだろう。」

「確かに残念な結果に終わった方もいると思う。でも遺族の方は父に感謝こそすれ、恨み言を言われたことはないって母が言ってた。」

「大体、お前の母親もなんであんなに地味なんだよ。」

「母は医師として実直な父が好きなの。自分が金を稼ぐために結婚したわけじゃないから。」

「嘘だね。」

「家も服も宝石も何も興味がないわ。父の手術がうまくいくよう健康を管理して、ご先祖様に感謝することが幸せだと思えるような人よ。」

「俺は金や地位が人生で大事だと教えられてきた。」

「それも大事かもしれない。だからと言って、その家族を侮辱して貶めたことを許すほど私は心が広くないの。」

「なんだよ。お前に何ができるんだ。初詮勤務員の娘ごときがうちに張り合おうっていうのか。」

「別に力で殴り合うわけじゃない。正しい行いをしていれば必ず報われるって信じてる。」

「はいはい。ご立派。ご立派。」

「そんなことより、お母様は大丈夫なの?ネットに書き込む暇があるなら、手術ができる医師をお探ししたらどう?」

「もし母さんに何かあれば、お前に慰謝料請求してやるからな。」

「とても上流階級のおぼっちゃまとは思えないほど低レベルな会話で驚いてるわ。」

「俺に捨てられた女が偉そうに。」

「捨てていただいて感謝してるのよ。あ、お礼を言い忘れてたかも。ありがとう。」

「気が強い女だな。まあいい。このくらいで終わると思うな。」

「これ以上暴れたら、あなたの人生が終わるわよ。」

「お前ごときに何ができる?」

「じゃあ気が済むまでやればいいんじゃない。父が積み重ねてきた信頼や実績は、ネットの誹謗中傷くらいで崩れるものじゃない。そのことが今回改めて証明されただけ。」

「てめえ覚えてろよ。」

数日後。

「なんで俺も親父も首になるんだ。」

「さあ。親父なんて定年間近だったんだぞ。退職金ももらえずに終わるなんてありえないだろう。」

「大手広告代理店の権力を使って、三流週刊誌に医療ミスを連発する医師としてでたらめな記事を書かせたからじゃない。」

「俺は何も知らない。」

「父だけじゃない。母や私のことまで悪く書かれてた。」

「読んでないから知らねえよ。」

「父が蹴ったワイロを横から狙う悪妻。私は結婚式当日に他の男とホテルに行った不倫妻。適当なことばっかり書かないでよ。」

「親父がやった証拠なんてないだろうが。」

「その出版社の編集者が吐いたのよ。」

「嘘だ。」

「本当よ。取引先の社長に問い詰められれば、適当なことは言わないと思うけど。」

「誰のことだよ。」

「鈴木さん、あなたの会社の社長でしょ。」

「え、なんでうちの社長が出てくるんだよ。」

「鈴木社長の命を助けたのはうちの父だと言えば納得する。」

「は?言ってることが違うじゃねえか。大企業の社長だろうと助けないって言っただろう。」

「お金では動かないと言っただけ。社長さんは外来を受診して順番を待った。正規のルートで手術を受けた患者よ。」

「そうなのか。」

「雑誌を目にした鈴木社長はすぐに調査し、部下の仕業だと知り、父に謝罪しに来てくれたの。それが今日の朝一で解雇通知が。」

「確かに父は会社員ほど儲かってないし、テレビに出て売れているわけでもない。でも日本中に父への感謝を忘れないでくれる人がたくさんいるの。社長もその一人よ。」

「わかった。お前の親父さんは立派だ。」

「分かってくれて嬉しいわ。じゃあさようなら。」

「待て。説明が終わってないだろう。父さんはいいとして、俺まで首になるのはおかしい。週刊誌の件には俺は一切関わってないんだぞ。」

「開示請求をしてネットへの書き込みがあなたであることを特定した。その事実を私が会社に報告したからに決まってるじゃない。」

「お前、そんなことすれば大事になるって分かるだろう。」

「分かってやったのよ。」

「ふざけんな。」

「大事な両親を馬鹿にされ、何の事実確認もせず一方的に離婚を突きつけられた。あれは貧乏人のふりをしたお前らの責任だ。」

「ふりなんかしてない。あれが素の両親だった。ミスぼらすぎたんだよ。」

「あの後、友達や親戚からは冷たい視線を向けられたよ。そりゃそうだよね。結婚式が終わって二次会にも来ず、数日後には離婚の報告なんだもん。」

「俺だって身内にはチクチク言われたわ。過去のことはもういいだろ。」

「忘れかけた頃に直接出してきたのはそっちよ。離婚したのには理由があったんだ。」

「別に今更どうでもいいけど。」

「小学生の時にけ太って親友がいた。そいつが家に遊びに来た直後、俺の大事なゲームソフトが亡くなったんだ。母さんにひどく怒られてさ。生活保護の家の子と遊ぶからこうなるんだって。」

「証拠もないのに疑ったの?」

「証拠はあったんだよ。俺見たんだ。け太がゲーム機に触ってるの。」

「本当に?」

「け太は泣きながら盗んでないって言ってたけど、母さんがけ太のバッグから俺のゲームを見つけたんだ。貧乏な子は平気で嘘をついて奪うのよって。」

「母さんがバッグから出した瞬間のけ太の絶望したような顔がずっと焼きついて離れなかった。」

「それ、本当にお母さんが見つけたの?」

「ああ、俺の目の前でバッグから出てきたんだ。それがどうしたって言うんだよ。」

「私、け太君は盗んでないと思う。お母さんがけ太君を遠ざけるために、自分でゲームをバッグに入れたんじゃないの?そっちの方がよっぽど辻褄が合うわ。」

「母さんがそんなことするはずないだろ。」

「そう。同じようなことが1年前にあったでしょ。」

「あ、うちは生活保護じゃないし、親戚がそんなことを結婚式上で話すわけがない。全部お母さんの作り話よ。」

「母さん、なんでそうやってあなたをコントロールしてきたの?」

「底辺の人間は好きなら俺たちから奪っていくって、嫌というほど叩き込まれたんだ。」

「だから何?」

「結婚式の日、母さんから生活保護よって聞かされた瞬間、け太の顔が浮かんだ。お前の家族全体が俺の金やに一生寄生して、ことごとく盗んでいくんじゃないかって。」

「それで寄生される前に私を切り捨てたの。」

「怖かったんだ。俺の輝かしい未来を守るための正当防衛だ。」

「あなたは自分の恐怖から逃げるために、一番大切にするべき人たちを自分から切り捨てたのね。」

「俺だってどうすればいいかわからなかったんだ。母さんに貧乏人は奪う生き物だってずっとずっと言われ続けてきたんだよ。」

「そうね。あなたもある意味、お母さんの嘘の被害者だった。昔の優しかったあなたを思い出すと本当に胸が痛むわ。でも、あなたが選んだその生き方は決して肯定できない。」

「俺の人生、母さんの嘘のせいで狂っちまったのか。蒼いも親友も俺自身の仕事も。」

「泣きつくのは私じゃない。あなたの母親よ。」

「だからって母さんを見捨てることができない。」

「じゃあ助けてあげたら。」

「待ってくれ。蒼い、母さんを助けてやってくれよ。」

翌日。

「蒼井さん、少しだけ話を聞いてくれない?」

「お久しぶりです。ご病気だそうですね。お加減はいかがですか?」

「私のことなんてどうでもいい。孝太郎のことでお願いがあるの。雇を取り消すようお父様に動いていただけないかしら。」

「弁護士を通してください。」

「そんな他人行儀な。あなたとは家族だったじゃないの。」

「一瞬だけです。」

「意地悪言わないでちょうだい。私も反省してるのよ。」

「何をですか?」

「あなたのご両親のこと。あんな風に言うべきじゃなかったわ。」

「そうですね。」

「大変申し訳ありませんでした。」

「受け取れません。」

「え?何を?」

「あなたの謝罪は孝太郎を助けるための手段でしょ?」

「そんなことない。本当に反省してるのよ。」

「じゃあ聞きますけど、なぜうちの両親が生活保護だと嘘ついたんですか?」

「それは答えられないなら、反省してないってことです。」

「昔の話をじくじ繰り返さないでちょうだい。」

「昔、たった1年前ですけど。私だって必死なの。夫と息子が同時に職を失って、路頭に迷ってるのよ。おまけに私は入院してて身動きも取れないわ。」

「私には関係のないことです。」

「なんて冷たい人なの?あなたは孝太郎の妻でしょ?」

「元妻です。」

「一度籍を入れた以上、繋がりは消えないのよ。」

「確かに私の黒歴史として刻まれてますね。」

「ひどいわ。こんなにお願いしてるのに。」

「孝太郎からけ太君の話を聞きました。誰かしら。」

「ああ、あの貧乏人の子のこと。」

「け太君は本当にゲームを盗んだんですか?」

「え?」

「疑惑が向くようにあなたが仕組んだんじゃありませんか?」

「何言ってるの?」

「孝太郎の話を聞けば、真っ先にそう疑うのが自然です。」

「正直に言えば助けてくれる?」

「検討します。」

「あの子たちを引き離すためにやったのよ。貧乏人は寄生中だから付き合うべきじゃないの。」

「最低ですね。息子を愛することだった。その結果が今の事態を招いたんです。人の価値をお金や地位でしか測れないモンスターに育てたのはあなたです。」

「違う。私は息子にいい人生を歩んで欲しかっただけよ。そのために周りに置く人間は選ぶべきなの。」

「一つ聞いていいですか?」

「何よ?」

「あなたはどんなご家庭の出身ですか?」

「死偽の和菓子屋だって知ってるでしょ?」

「念のため調べさせていただきました。廃業した小さな和菓子屋ですよね。しかも経営難で、あなたが高校生の時に店を畳んでいる。なんでご両親は離婚されて、あなたは高校を中退し、バイトをして家計を支えたんですよね。」

「やめて。」

「お父さんとの出会いはバイト先の喫茶店。モアタックの末に結婚したと聞きました。」

「それの何が悪いのよ?」

「悪くないですよ。でもご自身が貧しかった過去を隠したんでしょ。」

「言わなかっただけよ。」

「自分のコンプレックスを子供に押し付けたことが失敗だと言ってるんです。あなたに子供の大事なものを奪う権利があるんですか?」

「もうやめて。」

「うちの父はどんな患者でも訳け隔てなく見ます。生活保護の方も大企業の社長も同じ命として向き合う。だから私はあの人が誇りなんです。」

「それが何だっていうの?」

「あなたが見下した父は、今日も誰かの命を救っています。家族の人生を壊したあなたは、今どんな気分ですか?」

「私が間違ってたわよ。でも今更取り返せないでしょ。」

「ええ、取り返せません。でもせめて孝太郎に歪んだ価値観を植えつけたことを謝ったらどうですか?」

「分かってるわ。」

「息子さんの今後はご自身で何とかしてあげてください。私には何もできません。」

「あの手術の件なんだけど、本当にどうにもならないのかしら。」

「何度も言わせないでください。無理です。」

「そこをなんとか。私の大事にしてた宝石もバッグも全て差し上げるから。」

「そんなガラクタで命が変えると思っているんですか?心臓の病気が無事治ることを祈ってます。克服したら、その貧乏性の根性も直してください。」

その後、元実家は転落の一途をたどりました。孝太郎の父親は週刊誌への脅迫が明るみに出て、会社の評判を落としたことで賠償問題となり、多額の負債だけが残ったです。孝太郎も共犯として首になり、最終職も見つからず、人手の足りない建設会社で日雇い労働をしているようですが、何の因果か、その現場を仕切る建設会社の社長は、中卒で働き上げ起業して社長になったけ太君でした。孝太郎はかつて見下していた彼の下で泥水をすすって働いているそうです。あの日のことを謝れていたらいいなと願わずにはいられません。一家は自慢の高級マンションも売却し、今は家族3人で親戚の倉庫に住まわせてもらい、あれほど嫌っていた寄生中のような生活をしています。あの子さんの心臓の病気は別の病院で手術を受けて無事成功したそうですが、彼女が馬鹿にしていた一番安い大部屋での入院生活を送り、特別扱いされることなく命を救われたというのは何とも皮肉な話です。さらに退院後の過酷なパート労働で負担がかかっているそうなので、再発しないといいですね。

一方、私の父は変わらず患者さんのために毎日ひたむきに手術室に立っています。母はそんな父を笑顔で支え続けています。飾らないけれど温かくて愛情深い両親。私はそんな2人の娘に生まれて本当に幸せだと心から思っています。

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