結婚式の朝、義母が私のドレスをハサミで切り裂いた。 「私はあんたの泣き顔が見たかっただけ」 そう言って笑う義母に、私は何も言い返せなかった。母の形見のドレスは、もう二度と着られない。 でも、私は黙ってなんかいられなかった。義母が私にしたこと、全部証拠を残してある。 彼女が私のことを「中卒の恥さらし」と笑ったあの日、私はある決意を固めていた。…

結婚式の朝、義母が私のドレスをハサミで切り裂いた。 「私はあんたの泣き顔が見たかっただけ」 そう言って笑う義母に、私は何も言い返せなかった。母の形見のドレスは、もう二度と着られない。 でも、私は黙ってなんかいられなかった。義母が私にしたこと、全部証拠を残してある。 彼女が私のことを「中卒の恥さらし」と笑ったあの日、私はある決意を固めていた。...

「明日は娘の結婚式よ。変な格好できたら許さないから」

義母の第一声がそれだった。ドレスサロンには母が予約してくれたドレスが預けてあると言う。

「だったらいいけど、私に恥をかかせないでよ。あなたはいつもユニクロの服を着てくるから心配だわ」

「さすがに結婚式には清楚で行きますので」

義母は、大輔の婚約者であるあや子ちゃんと仲がいいからという理由で、渋々私の参列を許したと言った。

「マナーはわきまえているつもりです」

しかし、サロンで義母が私のドレスを見て言った。

「なんなの、この古臭いドレスは?」

「それは母の形見なんです。亡き母がロンドンで苦労して手に入れたドレスで、私にとっての宝物なんですよ」

「ふん。でも見た感じサイズが合わなさそうだけど」

「サロンの方がお直ししてくださるそうです。料金は後でお支払いしますので」

「私の紹介だもの。いい仕事をしてくれるはずよ」

義母は続けた。

「あや子の旦那はアメリカ人だから、海外ゲストがたくさんいらっしゃるの。だからマナーには本当に気をつけてちょうだい」

「大学の頃の海外留学で知り合った方なんですよね」

「そうよ。あや子は5家の女子大を出るほど優秀だからね。それに比べてあなたは…」

「私は何ですか?」

「中卒でしょ。よくそれでT大卒の大輔の隣に並べるわね。私だったら恥ずかしすぎて無理だわ」

「学歴で選んでないので気にしたことがありませんでした」

「とにかく、あなたという日本の恥を海外の方にさらすわけにはいかないわ」

「十分気をつけます」

「そうそう。外人の参列者のために英語でスピーチよろしく」

「え、私がどうしてですか?」

「だって大輔と結婚するんでしょ?」

「はい。今年中にはと考えています」

「エリート一家に嫁ぐんだし、英語できて当然よね」

「じゃあやってみます。私でよければ」

「大失敗しないといいわね」

翌日、式当日。私はドレスサロンに駆け込んだ。

「お母さん、私のドレスに何をしたんですか?」

「別に何もしてないけど」

「サイズが合わなくて着られません。スタッフさんに聞いたら、お母さんの指示だって」

「そんなこと言ったかしら?」

「ウエストが細すぎて入らないんです」

「あなたが太ってるのが悪いのに、私のせいにするの?」

「どうしよう。挙式まであと1時間しかないのに」

「息を吸ってお腹へこませたら?」

「そんなの何時間も持ちません。年代物のドレスは総レースという繊細さなんですよ」

「あら、困ったわね」

「このままじゃ今日着てきたカジュアルワンピースで参加するはめになっちゃいます」

「別にいいんじゃない?それで」

「色が白なんです。これはさすがにマナー違反ですよ」

「よく考えたらまだ嫁じゃないから、うちの恥じゃないわ。気にしないで」

「マナーっていうのは他者への思いやりです。私のせいで新郎新婦や参列者の皆さんに不快な思いをさせるわけにはいきません」

「大丈夫大丈夫。料理にはちゃんとお金をかけてるし。誰もあなたのことなんか気にしてないわよ」

「そういう問題じゃないです」

「どうしてこんなことを?うちの嫁にふさわしいか試したの。デブは失格ってこと」

「試すって…それ今やることですか?」

「どうするの?あなたスピーチもあるでしょ?」

ドレスサロンでレンタルできないか聞いたが、今日は全て予約されて無理だと言われた。

「これもお母さんの差し金ですか?」

「また私を疑うの?」

「だってサロンには山ほどドレスがあるんですよ」

「店員が無理だって言うなら仕方ないじゃない」

「さすがお母さんのお友達ですね」

「はあ。どういう意味よ?」

「何でもありません」

「あと1時間で挙式が始まるわ。遅くとも披露宴までにはなんとかしなさいよ」

5分後、大輔から電話がかかってきた。

「母さん、もう披露宴会場のロビーでお客様に挨拶をしてたところよ。どうしたの?」

「さっきあや子から連絡があった。ドレスのサイズ直しを邪魔したって本当か?」

「そんなわけないでしょ。あの人が自分で伝え間違えたのを私のせいにしてるの」

「本当かよ。どっちにしろ母さんのせいであや子は嫌な思いをしたんだ。そのことはちゃんとあや子に謝ってほしい」

「なんで私が?」

「本当に頼むよ。俺の大切な婚約者なんだから」

「あれよりもっと他にいい女なかったの?」

「母さん、結構ひどいこと言ってるって気づいてる?」

「そう。息子が選んだ女性なのになんでそんなに否定的なの?」

「あなたには釣り合わないんじゃないかと思って。価値観が合わないと結婚って大変なのよ」

「それは俺たちの問題だろ。口出ししないでくれ。とにかく母さんのミスなんだから、母さんがあや子のドレスをどうにかしてやれよ」

「絶対客への挨拶もあるし無理よ」

さらに5分後、今度はあや子ちゃんから電話がかかってきた。

「母さん、あや子さんを助けてあげてよ」

「何よ?今度はあや子、あなた父でしょ?連絡してる場合なの?」

「緊急事態だから連絡してるんだよ。あや子さんになんてことをしたの?」

「あや子までその話をしないでくれる?」

「お兄ちゃんだと頼りないから私が連絡してるんでしょ?何よ?赤の他人にそこまでする必要ある?」

「あや子さんはこれから義理の妹になる人だよ。他人じゃない」

「あら、私は認めてないわよ」

「私とお父さんは歓迎してるし、仲もいいの。この結婚式だって私からあや子さんを誘ったんだよ」

「ああ、コミ力が高い勘違い女ってこうやって人を取り込んで利用するから厄介だわ」

「今一番厄介なのは、自分がしでかしたことなのに反省も助けもしないお母さんの方だからね。人として恥ずかしいよ」

「なんでそんなこと言われなきゃいけないの?あの女がどうなろうとあや子が気にすることじゃないわ」

「信じらんない。どういう神経してるの?そんなに怒ること?式の前なのに疲れるわよ」

「もういい。私が友達に頼んでなんとかする」

「そんなことしなくてもいいのに」

披露宴開始前。

「挙式は間に合わなかったわね。もうすぐで披露宴だけど来るの?」

「あや子ちゃんのおかげでなんとかなりました」

「ちゃんと人様に見せられる格好でしょうね」

「あや子ちゃんの友達からコスメを借りて自分でメイクして、服は近くにあったショッピングモールで購入しました」

「お化粧は自前で衣装はその辺の安物。格式高い結婚式でそんな格好するの、あなただけよ」

「でもこれしかなかったので」

「ダメ嫁ポイント3点あげる」

「ポイントって集めたら何かもらえるんですか?」

「そうそう。箱入り5個セットがね。…て、冗談よ」

「笑えませんよ」

「そんなことより準備できたんなら早くいらっしゃいよ」

「あと少しで着きます」

「スピーチの時間が迫ってるわよ」

「じゃあ頑張って」

結婚式後。

「ちょっと、あれどういうことなの?」

「素晴らしい披露宴でしたね」

「本当にね。…て、違う違う。そうじゃない」

「何か至らぬ点でも?」

「安物のドレスと下手くそなお化粧で登場したかと思えば、あのスピーチは何なの?」

「内容をお気にめしませんでしたか?」

「内容がどうとかじゃないのよ。参列者みんなが全員立って拍手してたのはなんでなの?」

「そう言われましても、皆さんが感動してくれたとしか」

「あなた何かしたんじゃないでしょうね」

「あの状況で何をどうするんですか?」

「あんな適当な英語でよくも…」

「私は適当なこと言ったつもりないですけど」

「退屈なスピーチだったじゃない」

「内容分かっていってます。具体的にどう面白くなかったのでしょう?」

「それは言うまでもないことでしょ?そんなことより、あなた中卒だったわよね。なんで英語喋れるのよ」

「あの、お母さん勘違いしてます。私、一言も中卒なんて言ってません」

「中学までって言ってたじゃない」

「中学まで日本にいたって言ったんですよ」

「え、何、つまりどういうことなの?」

「ですから、中学卒業後は父の仕事の都合でイギリスの高校に進学したんです。大学卒業後に帰国したので、学歴は大卒と変わらないかと」

「帰国子女だったの?聞いてないわよ」

「ご挨拶に伺った時にちゃんとお話しました。同席していた大輔さんとあや子ちゃん、それからお父さんに確認してみてはどうでしょう?」

「はっきり言わない方が悪いんでしょ?」

「聞いてない方が悪いと思いますけど」

「東大卒の私が聞き間違えるわけないじゃない」

「すごいいい自信ですね」

「あなたの父親や、普通の地味な公務員のくせに海外とか嘘つくんじゃないわよ」

「地味ですか?父は相当頑張って仕事をしてますけど」

「海外に移動って完全に左遷じゃない?やっぱり底辺一家ね」

「国際公務員に左遷なんかないですけど」

「国際…そもそも高い語学力を買われて海外赴任前提なので」

「なるほどね。父親の影響でちょっと英語ができただけか。そのくらいで偉そうにしないで欲しいわね」

「そう見えるならそれで結構です」

「そうそう。ドレスサロンの件なんですけど…」

「今からお風呂に入らなきゃいけないから、その話はまた今度ね」

翌日。

「お母さん、私のドレスをどこにやったんですか?サロンの方がお母さんに預けたと言ってるんですが」

「私が取りに行ってあげたけど」

「じゃあ今からそちらまで取りに行きます」

「いいけど、ちょっと破けてるわよ」

「え、どうしてですか?」

「来てないんですよ。古いからじゃないの?私が捨てといてあげるわ」

「やめてください」

「なんでよ。ゴミ同然じゃない」

「どういう状態か教えてください」

「あちこち破れて、もう着られそうにはないわね」

「どうしてそんなことに?」

「さあ、店側の過失じゃない?」

「普通に扱えば破れるものじゃありません」

「私に言われても知らないわよ」

「お店の過失だと言うなら店側に請求します」

「何を?」

「損害賠償ですよ」

「やめなさい。私の知り合いだと言ったでしょ。あんなボロ雑巾みたいなドレスで大騒ぎするんじゃない」

「ひどい。あれは母の形見なのに」

「そんなことより昨日の英語スピーチのことだけど、親戚がみんなあなたの拙い英語を笑ってたわよ」

「素晴らしかったと褒めていただきましたが」

「お世辞に決まってんでしょう。私があの子は頭が悪いからってフォローしておいたから感謝しなさい」

「何のフォローにもなってない気がしますけど」

「失礼な英語を披露した慰謝料として、親戚に配る香典10万円。あなたが負担しなさい」

「何も謝るようなことはしていません。スピーチを聞き取れていたら分かるはずです」

「まあ、生意気な。東大の英語力を持ってしても理解できないって言ってんのよ」

「とりあえず破れていても構わないのでドレスを返してください。今から取りに伺います」

「そう、掃除用の雑巾にしようと思ったのに」

2時間後。

「ドレス確認しましたけど、これ明らかにハサミで切られてますよね」

「試着した時に切れちゃったんじゃないの?」

「私試着してません」

「じゃあやっぱり店側の過失に違いないわ」

「スタッフに電話して聞きました。返却時は破れていなかったそうです。またサイズの件について謝罪をもらいました」

「あっそ」

「お母さんが切ったんですよね」

「そうよ。私がやったけど。だから何?」

「なぜですか?大事なものだって言いましたよね」

「だからよ。私はあんたの泣き顔が見たかっただけ」

「話になりません。嫁いびりの域を超えています。このことは弁護士に相談しますね」

「弁護士ですって。大げさね」

「お母さんには雑巾に見えたとしても、私にとっては大事な大事なドレスなんです。そのことをよく考えてください」

3日後、あや子ちゃんから電話がかかってきた。

「あや子さん、先日の結婚式はありがとう。最高のスピーチだって夫も喜んでた。緊張してちょっと噛んだけどね」

「今ちょっと時間いいかな。年末年始でお休みだから大丈夫だよ。どうしたの?」

「実は今日親戚の集まりがあって、規制してるんだけど」

「ああ。大輔がいるから行かないって言ってたけど、何があったの?」

「あのね、義母が親戚のみんなにこう言ってたの。あや子さんのスピーチの原稿は自分が書いたって」

「え、自分で考えたんだけど。私はもちろん分かってるよ。だったらいいよ。私は別に気にしないから」

「でもあんなに素晴らしいスピーチをしたんだもの。あや子さんの名誉を奪われるのが耐えられなくて」

「あや子ちゃん、そう思ってくれてありがとう」

「だからね、私が違うって言おうとしたんだけど、お母さんに止められて何も言えなかった。ごめん」

「そこまでしなくても大丈夫だよ。私のせいであや子ちゃんの立場が悪くなったら嫌だからさ」

「でも必ず親戚のみんなに説明するから」

「無理することないよ。そのうちみんな分かると思うから」

「どういうこと?」

「自分の名誉は自分で取り戻すってこと」

翌朝、大輔が義母に電話をした。

「母さん、あや子から聞いたよ。親戚にあや子の英語のスピーチは自分が原稿を書いたって嘘を言ったらしいな」

「本当のことでしょ?」

「どこが?何をどう助けたの?具体的に教えてくれる?」

「それはほら、全体的によ」

「全体的にって何?もっとさ、要所要所詳しく教えてよ」

「だから要は、断技に絡めた自分語りのスピーチよ。そういう内容になってたでしょ」

「ああ、母さんさ、英語分かってないよね」

「なんですって?私だって留学経験もあるし、TOEICも持ってるのよ」

「いや、母さんの言う留学って1週間程度のガイドツアーでしょ。TOEICだって3級じゃん」

「バカにしてるの?」

「それくらいで大きい顔しないでって言ってんの」

「してないわよ」

「母さんはあや子の話の価値を理解できてない。だからあれは私が考えたスピーチだって。じゃあなんであんなに喝采を受けたかわかる?私が外国人受けする事業技を教えてあげたからよ」

「うん。あや子は技なんか言ってないし、自分語りしてない。婚約者をかばいたい気持ちは分かるけど、その嘘はあや子さんのためにならなかったわよ」

「じゃあ、どんなスピーチだったか、いち区間違いなく教えてよ。教えたなら言えるよね」

「えっと、まずは自己紹介でしょ」

「そんなの中学1年生でも分かるでしょう。俺が聞きたいのはスピーチの中身だから」

「さっき言ったでしょう。分からないなら分からないって素直に言ったら?」

「何よ。じゃああなたは分かるの?」

「尊敬は与えられるものではなく積み重ねるもの。よくある言い回しよね。ああいうの外人は好きだから」

「そんな簡単にまとめていい言葉じゃないんだよ。尊敬は生まれや立場でもらえるものじゃない。行動や姿勢によって後から積み重ねて得るもの」

「普通のことしか言ってないじゃない」

「これは苦労ある人が口にする言葉だよ。この言葉であや子の性格と生き方を理解したみんなは感銘を受けて褒めたたえてくれたんだ」

「あの人たちも騙されたのよ」

「母さん、いい加減にしろ。母さんは日本の恥だ」

「なんでそこまで言われなきゃいけないのよ」

「言われるようなことをしたからだろう。母さんがすべきことは2つ。親戚へついた嘘を明かす。あや子に謝罪する」

「よ、なんで私がそんなこと」

「そうしないと俺は母さんの息子をやめる」

「なんであの女の味方をするわけ?」

「結婚を決めた人だからに決まってんだろう。もういいわ。あんたなんて私の息子じゃない」

「よかったよ。これで終わりだな」

「はい。さようなら」

「結婚式にも呼ばなくていいわ」

「安心して呼ぶつもりないから。じゃあね」

「え、嘘?本気なの?ねえ、待って。冗談よ。あの女ばっかり構うから寂しかっただけなの。謝るから絶縁するなんて言わないで」

その後、あや子ちゃんにも電話をかけた。

「ねえ、聞いて。あや子」

「何?私今旦那とデート中なんだけど」

「それどころじゃないのよ。大輔が私と絶縁するって言うの」

「お兄ちゃん、ナイス」

「何言ってるの?あや子は私の味方でしょ?」

「うん。お兄ちゃんとあや子の味方だよ。私、子供の頃からどうしてうちのお母さんは嘘ばっかりつくんだろうって不思議だった」

「嘘なんてついてないわよ」

「子供の頃の疑問は大人になって軽蔑に変わったの」

「私はあなたたちの実の親であり、育ての親よ。感謝こそされど、言われる覚えはないわ」

「だからって子供に押し付けすぎだよ」

「私たち大変だったんだよ。毎日習い事ばっかりで、子供にいい教育を受けさせたいと思うのは当然でしょ」

「月曜から土曜まで全てピアノやプール、塾などの習い事。唯一の日曜日でさえ、お父さんと家を大掃除させられた」

「家族ってのは助け合いなんだから、やって当たり前」

「お母さんは何もしてなかったよね」

「私は日曜日以外毎日やってるからいいの」

「毎日やってる割に汚れてたけど」

「結局何が言いたいのよ」

「お母さんはさ、親戚や周りのみんなに自慢とアピールをしたかっただけでしょ」

「何よ」

「これだけ習い事させることができる余力。いかにもすごい子育てをしてますみたいな立派な母親像」

「あなたたちのためを思ってのことでしょ」

「そうだとしても、私たちのことは全然見てくれなかったね」

「何が言いたいの?」

「私はさ、お母さんのことが好きだったんだよ。だからお母さんが喜ぶならどんなことも頑張った。でも1度も私の目を見て褒めてくれなかったね」

「そうだったかしら」

「私もお母さんと絶縁します」

「ちょっと待ってよ。褒められなかっただけでなんでそうなるの?」

「他にも色々あるよ。積み重なった結果だから」

「あや子までそんなこと言わないでよ」

「今までだって何度も言ったよ。でも何も変わらなかった」

「本当に本当に変わるから」

「あや子さんにしたこと、私もお兄ちゃんも全部知ってるの」

「え?」

「人の大事なものをよく台無しにできたね」

「あれは事故なのよ」

「私も何かを壊されるかと思うと怖いよ。だから離れる」

「あや子。あや子ってば」

5分後、私のところに電話がかかってきた。

「この…いきなり何ですか?」

「あなたのせいで。大輔からもあや子からも絶縁宣言されたんだけど。2人に何か言ったでしょう?」

「むしろ何か言ったのはお母さんの方ですよね」

「私が何をしたって言うのよ」

「あや子ちゃんから聞いてますよ。親戚にあの英語スピーチは自分が助けたって」

「本当のことじゃない」

「英語のスピーチを教えてもらったLINEなんかどこにもありませんけど」

「そういう意味の助けたじゃないわよ」

「じゃあ何を助けたんですか?」

「あの場でスピーチをさせてやるっていうチャンスをあげたでしょ」

「頼んでないし、むしろ邪魔しかしてませんよね」

「大した学歴でもないくせに偉そうに。どうせ聞いたこともない大学でしょ」

「行ってみなさいよ。どこの大学か」

「オックスフォード大卒ですが」

「嘘でしょ?」

「卒業証書もありますけど」

「あ、そう」

「この際正直に言いますね。もうこれ以上恥を晒すのはやめましょう」

「何のことよ」

「東大卒っておっしゃいますけど、東京劇場女子大学のことを略してたんですよね」

「なんで知ってんのよ」

「あや子ちゃんが押入れの中から卒業証書を探したんです」

「あの…」

「子供や親戚にまで東大卒と言ってたそうですね」

「別に嘘はついてないわ。略してそう呼んでたんだから」

「大輔さんもあや子ちゃんも、親戚に説明するって言ってました」

「なんですって?」

「学歴やスピーチのこと、そして私のドレスのことも全部です」

「私を悪者に仕立て上げようとしてるの。名誉毀損だ、訴えてやる」

「お母さんが私から訴えられるんです」

「なんで私が?」

「器物損壊で被害届けを出して、民事で損害賠償請求しますので」

「ちょっと大事にしないでくれる?」

「私にとっては大変大きな出来事ですし、到底許せる問題ではありません。なので法の裁きを受けていただきます」

「そんなに私を悪者にしたいのね」

「どうしてそんなに被害者みたいな態度なんですか?」

「私が切ったなんて証拠ないでしょ」

「あのドレスは私が袋に入れてサロンに預けました。返却の際もビニールに入れて返したそうです」

「それが何なのよ」

「なので中身を触ったのは私とサロンの方だけなんです。もしドレスにお母さんの指紋があったらどうします?」

「袋は開けて中身は触ったけど、切ったりしてない」

「ハサミで切ったって認めましたよね。LINEも残っています」

「あんな切れないドレス持っててもしょうがないでしょ」

「何度も言いましたよね。何者にも変えられない大切なものなんです」

「そんなに大事ならそもそも持ってくるんじゃないわよ」

「大切なものを壊された私の気持ちがお母さんに分かりますか?」

「分かるわけないじゃない」

「分からないようでしたら、精神的苦痛の慰謝料として40万円請求しますね」

「はあ。こんなことでメンタル弱すぎじゃない?」

「ちなみにドレスの鑑定書も出しました。祖母がイギリス王室御用達の職人に特注したもので、現在の評価額は300万円を下りません」

「はあ?あのボロ雑巾が?」

「補修費用も含め500万円を請求します」

「ふざけんじゃないわよ」

「こっちのセリフです」

「お金がないからこうやって取ろうとしてるんでしょ。なんて欲深い女」

「謝罪も反省の様子もないみたいですね」

「無理。高すぎ。払う気持ちもないわ」

「ではお父さんにご相談せざるを得ません」

「え、」

「払う気がないんですよね」

「それだけはやめて。離婚されるわ。ねえ、どうにかならないの。370万円なんて払えないわ」

「お父さんに頭を下げて肩代わりしてもらうなり、少しずつでもいいのでご自分で働いて払うなり。いくらでも方法はありますよ」

「私ずっと専業主婦だったから働き方なんて知らないの」

「職場の先輩が教えてくれますよ。全員年下でしょうけど」

「そうだ。大輔の結婚を許すわ。それでチャラにして」

「許すも何も絶縁されてるんですよね。それにお母さんの許可いりません」

「お願いよ。何でもするから免除にしてください」

「これ以上あなたに伝える言葉はありません。I wish you well」

「ああ、どういう意味?きっと丁寧な挨拶よね」

「さあ、どうでしょう?では失礼します」

その後、義母はお父さんに頭を下げて肩代わりする方法を選んだようですが、「支払いは自分でしなさい。俺は一切関与しない」と却下され、自分で払うしかなくなりました。同時に離婚も切り出され、家まで追い出されました。旦那に理不尽に捨てられたと親戚に助けを求めるも、大輔とあや子ちゃんによって真実が広まり、1人ぼっちです。学歴自慢も嘘だったと分かり、地元の人も離れていき、強がり得意のマウントが通じなくなりました。今は安いパートで1人寂しく暮らしているそうです。

ある日コンビニに行ったら、自分より年下の高校生バイトに「なんでわかんないんですか?もう5回目ですよ」と呆れ顔で注意されていて、頭を下げているところを見かけました。なんか視線があった気もしましたが、当然スルーです。

ちなみに最後に伝えた英語の挨拶は、もう頻繁には会えなくなる相手に対して最後に送る餞の言葉としてネイティブが使う挨拶でした。義母は理解してなかったようですが。

私は先日大輔と結婚しました。あのドレスをウェディングドレスにリメイクし、海外で身内だけの挙式をあげました。天国の祖母も母もきっと喜んでくれていると思います。

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