「赤ちゃんが生まれたのね。おめでとう。みさんにもお疲れ様って伝えてくれない?」
大機が電話越しに母の声を聞いたのは、妻が退院して家に戻ってきた日の夜だった。
「ありがとう。顔を見たいんだけど、出産直後で大変だろうから、できれば日程を調整したいの。私が直接話すと断りづらいでしょう。だから、先に話しておいてくれない?」
「ちょっと待って。みに先に相談するから」
「そうね。ちゃんとお嫁さんへの気遣いができてて安心したわ」
「俺だってちゃんとしてるよ。もう父親なんだし。また連絡するから」
そう言って電話を切った翌日、大機は妻に母の言葉を伝えた。
「お母さん、話聞きました。直接言ってくれたらいいのに」
「出産で疲れてるのに義母の相手なんて嫌でしょ。でも連絡してくれて嬉しいわ」
「いや、ちゃんと言っとかないとなって」
「それよりはっきり言いますけど、あ、孫に会いに来たって言われてもいい迷惑。金が映ったら困るし。赤ん坊に絶対近寄らないでください」
「え?金?金ってどういうこと?」
「お母さんって大機の子育て失敗したじゃないですか。聞きましたよ。家庭で結構苦労したって」
「それは確かにたくさん苦労をかけたわ。でも大機はちゃんと育ったでしょ。立派に働いて家庭も持って」
「でも育った過去は変えられないし、大機も言ってましたよ。幼少期は不幸だったって」
「あの子がそんなことを…」
「そういう風に考えてる時点で幸せじゃないですし、子育て失敗の金が映ったら困るんですよ。ダメ親の育児なんて参考にならないし、赤ちゃんには空気でしょ」
「失敗って…私なりに一生懸命育てたのよ」
「一生懸命?それで大機が寂しい子供時代送ったって散々愚痴化されましたけど。仕事ばっかりで放置されてたって」
「それは生活のために仕方なく…」
「言い訳やっぱお母さんの育児方針って完全に時代遅れじゃないですか?」
「時代遅れ?」
「今は科学的な育児が主流なんですよ。お母さんみたいな感覚だけの育児はむしろ悪です。私は私なりに勉強してます。育児書二十冊読んで、専門家のアドバイスも受けてますから。お母さんに教わることなんて何一つありません」
「本と実際の育児は違うのよ。それに私には経験があるわ」
「経験?失敗した経験ですよね。お母さんの常識って昭和で止まってるんですよ。今和ですよ」
「時代は変わっても、子供を愛する親の気持ちは変わらないわ」
「愛する気持ち?それで放置してたんですか?矛盾してますよね。家庭ってやっぱりどこか歪んでるじゃないですか」
「ちょっと待って。それは言いすぎじゃない?」
「とにかく私はお母さんみたいな失敗を繰り返したくないんで。私の母は完璧な育児をしてくれました。だから私も完璧な母親になれるんです」
「完璧な親なんていないのよ。みんな手探りで育てるの」
「お母さんみたいな中途半端な親とはレベルが違うんですよ。分かります?…ああ、分からないか。だって失敗した人には成功が分からないんですもんね」
「分かったわ。もう何も言わない」
「とにかく、お母さんの古臭い価値観を押し付けられるのは迷惑なんで。来ないでくださいね。赤ちゃんのためですから」
電話が切れた後、縁側で母はしばらく動けなかった。
その数時間後、大機が一人で実家に戻ってきた。
「みさんにこんなことを言われたのだけど、私、気に触ることを言ってしまったかしら」
「母さんって無神経に人を傷つけるから、なんか言ったんだろう」
「え?えって何?俺が味方すると思ったのか?」
「お前…」
「俺が寂しがっても母さんは仕事ばっかりだったじゃん。そうやって人との関わり合いから逃げてたんだろ」
「ならどうしたらいいの?」
「だから今は金出すくらいしか母さんの役割はないんだよ」
「なんですって」
「だって俺からも信頼度ゼロなんだぜ。そんな状態で子供に合わせられるはずないじゃん」
「でも私、あなたのために必死で働いて…」
「必死で働いた?その結果が俺の寂しい子供時代ですけど。母さんが仕事優先したせいで、俺どれだけ我慢したと思ってるの」
「大、そんな風に思ってたのね…」
「今更気づいたのかよ。俺結構伝えてたはずだけど。ああ、母さん忙しくて俺の話なんて覚えてないか」
「そんなことないわ」
「でも結果的にそうなってるじゃん。本当鈍いよな、そういうとこ。昔のことを反省しても、過去の出来事がなくなることなんてないんだよ」
その夜、みからまた電話がかかってきた。
「お母さん、ちょっと大機に泣きつかないでくださいよ。いい大人が恥ずかしくないんですか?」
「どうして…やり取りを見てたの?」
「今大機が病院にいるんで、全部見てますよ」
「それじゃあ、あの子が私をATM扱いしているのも見たわよね?」
「ATM?違いますよ。お母さんは私たちにとって投資家なんです。まあ、正確にはATMで間違いはないですけど。だって人として尊敬できないので」
「投資家…ATM?そんな風に私を見てたの?」
「そうですよ。お母さんの存在価値って、お金出すことだけじゃないですか?他に何ができるんですか?育児は失敗してるし、人間関係も下手だし。ああ、今隣で大機が、母さんが俺たちに金出すのが親としての責任でしょ。昔できなかったこと、今取り戻してるだけじゃんって言ってます。打つのめんどくさいみたいで」
「それが、あなたたちの意見なのね」
「今まで大機に寂しい思いをさせた分、お金で償うべきですよね。それが親の義務ってもんでしょ。お母さん自身がそういう立場に自分を追い込んだんですから。自業自得です。ああ、そろそろ赤ちゃんのお世話あるので失礼します。お金の準備はしててくださいね」
一週間後、みから電話がきた。
「お母さん、この前は言いすぎちゃってごめんなさい。やっぱりお母さんも孫には会いたいですよね」
「会えるならね。あんなことを言われたのだもの。どうしても会いたいとは思えないわ」
「そんなこと言わずに。孫に会いたいなら、もっと投資してくださいよ。子供はお金かかるって知ってますよね。孫にも同じ苦労をかけるつもりですか?お母さんがケチったせいで孫が不幸になったらどうするんですか?」
「つまり、お金を渡せということ?昨日と言ってることが変わってないわ。それに、投資するにしても投資先を一度も確認しないままお金を振り込むなんてできないもの。退院したのよね。家には入らないから、玄関先で顔だけでも見せてもらえる?」
「はあ。玄関先も無理ですけど。家に近づかないでください。家の頭金出してくれたことは感謝しますけど、もうこの家は私たちのなんで。お母さんが入る権利はありません」
「なら、せめて写真だけでも…」
「写真?いいですけど、仕送りを増やしてくださいよ。今十五万でしょ。二十万にしてくれたら考えます」
「二十万?」
「私の母は毎日手伝いに来てくれて、ベビー用品も三十万円分買ってくれたんですよ。お母さんは何もしてくれないくせに、会いたいとか図々しいじゃないですか」
「お手伝いは、あなたが拒否してるんじゃない?」
「お母さんこそ私のこと前から嫌ってましたよね。私知ってるんですから。だってお祝い金も少なかったですもん。普通初孫なら百万くらい包むもんじゃないですか?」
「さすがに百万は当たり前ではないと思うけれど」
「いやいや、初孫ですよ。お母さん十万しかくれなかったじゃないですか。嫌いな女のお祝いなんてそれくらいでいいってことでしょう」
「常識の範囲内で包んだつもりよ。お金の問題だから不快にさせてしまったのなら申し訳ないけど。私の母はお祝いだけでも五十万くれましたよ。お母さん、不動産持ってるって大機から聞いてます。それなのにお金渋るとかせこいんですよ」
その日、大機からもまた電話があった。
「あのさ、母さん。はっきり言うけど、母さんってケチだよ。孫のためにもっと出してよ」
「これでも十分すぎるほど支援してるじゃない。仕送りは子供とは関係ないだろう」
「昔俺に寂しい思いさせたんだから、今くらい金出してよ。母さんが金出してくれたら、その分俺の子供は苦労せずに済むんだ。俺みたいな思いしなくていいし」
「あなたたち、私を何だと思ってるの?」
「いやいや、俺たちに依存してるくせに何言ってんの?孫に会いたいんでしょ。だったら金出すのが筋じゃん」
「依存?私は仕送りを身を切って出してくれてる。それは本当に感謝してるよ。でもそれは、昔俺を苦しめた当然の報い。シングルで老後の世話も誰もしてくれない。孤独な母さんはさ、将来俺たちに介護って形で依存するんだから、今のうちに好感度上げとけよってこと」
「そんな風に考えてたのね…」
翌日、母が家を訪ねた。
「お母さん、家に来ても無駄ですよ」
「息子に話があってきたの。今日はお休みでしょ?」
「出かけてるのでいません。とりあえずお母さんしつこいんで、二度と来ないでくださいね。私たち、お母さんみたいなダメ親に子育て口出されたくないんで。子供が不幸になりますから」
「分かったわ。もう行かない」
「やっと分かってくれましたか。じゃあ来月からの仕送り、二十万でお願いしますね。会えなくても増やします」
帰宅後、大機からLINEが届いた。
「母さん家に来たんだって。迷惑だからやめてくれよ」
「どこにいるの?話があるんだけど」
「そんなのLINEでいいじゃん。返事は返事、仕送りだよ。二十万でいいよね」
「考えさせて」
「考える?孫に会えなくてもいいってこと?」
「もう疲れたわ。一応最後にあなたには一言言っておこうと思ったけど、母親と思われていないようだし。そんなに通す必要ないわね」
「はあ?何の話だよ」
その翌日、母はみに電話をかけた。
「みさん、仕送りの件で話があるわ」
「何ですか?え、もしかして増やしてくれるとか?」
「今月の仕送り、止めさせてもらうから」
「は?止める?何言ってんの?」
「あなたたち、私をATMって呼んだわよね。ATMなら、引き出すのをやめることもできるのよ」
「仕送り止めるとか脅しなんじゃない?」
「脅しじゃないわ。本気よ。今日付けで振り込み手続きを終了したから」
「そんなの許されるはずないです。お金を振り込むかどうか決めるのは私よ。ああ、それと、家に来ても無駄だから、沖縄に引っ越すことにしたの」
「沖縄?何それ?」
「日本の南にある島よ。コーヒーで有名でしょ」
「いや、沖縄自体は知ってますよ。急に何言ってんですか?引っ越しとかすぐにできるわけ…」
「確かに家を探すとなると時間がかかるわ。でも私、二十年前から沖縄に別荘を持ってるの。定期的に清掃してもらってるし、すぐに住めるわ。あなたは知らなかったでしょうけど」
「別荘?そんな金あったの?」
「不動産収入が月四十万以上あるのよ。あなたへの仕送り十五万なんて、収入の一部に過ぎないわ」
「じゃあもっと出せたってこと?ケチすぎるでしょ。孫のために使うべきお金を自分のために使ってたとか最悪」
「あなたたちが私をATM扱いするから止めたの。母親扱いしてくれたら、孫のためにお金くらい出したわ。男親なんだし。それくらいしてあげたかったもの」
一時間後、大機が必死になって電話をかけてきた。
「マジで実家が空っぽじゃないか。母さん待ってよ。俺たち、仕送りないと生活できないんだよ」
「あなた、年収四百五十万あるでしょ?それで生活できないの?」
「それはその…ちょっと給料上がらなくてさ。俺と嫁の実家は毎日手伝いに来てくれてるし、こっち側何もしないのはちょっと…」
「他人と比べて私から金を巻き上げる理由にはならないわ。それに、もう十分支援しているでしょう。いくら支援したか、あなた分かってる?」
「それはその…」
「あなたが私のことを恨むのは仕方ないわ。実際、寂しい思いもさせていた。でも、もう十分償ったはずよ。昔の苦労を持ち出してお金を巻き上げる。そんなことをする息子に育ててしまったのは、確かに子育て失敗だったかもしれないわね」
その夜、今度はみから電話がかかってきた。
「お母さん、仕送り止めるとか本当にいいんですか?じゃあ孫に会えなくなりますよ」
「会えなくなるって、最初から会ったこともないわよ。それで、それについてもお話しすることがあるわ」
「え?」
「確かに初孫は嬉しいし、色々してあげたい。でももう私は、おばあちゃんって呼ばれてるのよ。あなたの孫に無理に会う必要はないわ」
「かわいいでしょ?三歳になるのよ、この子」
「いや、これ誰ですか?血縁関係もない他人の子を可愛がってるとかやばい。投資先間違ってますよ」
「他人?そんなことはないわ。この子は親戚の子よ。私の双子の姉の孫だから」
「え、双子?」
「ええ、私は一卵性なの。姉の方が先に結婚していたから、お孫さんも早くてね。今定期的に会ってるわ。姉と私はそっくりだから、間違えられることもあるの。『おばあちゃんが二人いる』って言ってくれるのよ。本当にかわいいの。だから、あなたの子供に執着する必要はないの」
「そんな…じゃあ私たちの立場って…」
「あなたたち、私をATM扱いしてたじゃない。孫扱いしてたんでしょ?やっぱりあなたたちは最低ね」
「それは、言葉のあやというか…」
「孫に合わせることを条件に、私からお金をたかろうとしていたじゃない。とにかく、これからは自分の力で生きていきなさい」
「そんなの許しませんから!」
翌日、大機がまた電話をかけてきた。
「母さん、仕送り再開してくれよ。昔から俺に苦労させてたくせに、まだこんなことするのかよ」
「あのね、大。私、あなたを必死に育てたわ。夫を早くになくして、仕事と子育てで余裕がなかった。きつく当たりすぎたこともあった。それは本当に申し訳なかったと思ってる。でもね、それを利用して金を巻き上げるのは違うわ」
「でもそれじゃあ俺の苦労は…」
「あなたたち、私をATM・投資家って呼んだわ。親として見てないのよね。愛情も敬意も感謝もないのよね。だったらもういいわ。私の人生、私のために使わせてもらうから」
「母さん、ごめん。言いすぎた」
「謝罪は受け入れないわ。あなたたちが本性を見せてくれたおかげで、私も目が覚めたの」
「そんなこと言っても、俺たちどうすればいいんだよ。俺、実は前の仕事で失敗して給料下がってるんだ。年収だってボーナス出なくて四百万しかない。このままじゃ子供を養えないんだ。だからお願いだ。助けて」
「知らないわ。自分たちで何とかしなさい。私はもう関係ないから」
「そんなこと言わないでよ。俺たち本当に困ってるんだよ。嫁の実家だって、もう手伝ってくれないって言い出してるし」
「あなたたちが自分で巻いた種でしょ。私に責任転嫁しないで。今、沖縄に引っ越してる最中なの。忙しいから連絡してこないで」
一か月後、大機からの電話は哀願になっていた。
「お母さん、助けてください。このままじゃ家を失います」
「家?ああ、頭金二千万出した家ね」
「そうです。何か分からないけど、二千万払わないと家を追い出されるって。だから助けて」
「そりゃそうなるわよ。あなたたちが家を買うために使った二千万。あれ、贈与じゃなくて貸し付けだったのよ。弁護士に契約書作ってもらったの忘れてたの?」
「は?そんな話聞いてない」
「契約書にサインしたでしょ?」
「そんなの騙したんですか?」
「騙してないわ。むしろ貸し付けは善意だったのよ。あなたたちも納得してたし、契約書に明記してあったもの。あなたたちが読まなかっただけ。そして私たちの縁は切れたのだから、貸し付け条件も見直したの。だから一括返済をお願いしたの。二か月以内に返してね」
「そんな金あるわけないでしょ!」
「じゃあ家を売って返済して。それで足りるでしょ」
「私たちには赤ちゃんがいるんですよ。家を売れだなんて…」
「その赤ちゃん、私には合わせてくれなかったわよね。『金が映る』って言って。あれは仕返しだったの?私を人間として扱わなかったのよ。なのに今更赤ちゃんがいるって?都合が良すぎるわ」
翌日、大機が泣きわめくように電話をかけてきた。
「母さん、頼む。俺が悪かった。謝るから許してくれ」
「今更遅いわ」
「そこをなんとか…子供に苦労をかけたくないんだ」
「そうね。分かったわ」
「あ、本当か?」
「お金を払いたくないなら、あなたになら贈与したという形にしてもいいはずよ」
「本当なら贈与にしてくれ。それなら返さなくていいってことだよな」
「ええ、二千万をプレゼントしたことになるから」
「やった!ありがとう、お母さん」
「でも、それで本当にいいの?」
「どういうこと?」
「ああ、こうなるかもと思って、あらかじめ贈与税の件も調べてもらったの。もし仮に二千万を贈与にしてしまうと、贈与税の対象になるでしょ。だから形式上は貸し付けとして契約書を作ってあるのよね。ただ、返済についてはこれから整理する必要があるって。だって、あなたたち一度も返済していないどころか、逆に私から仕送りを受け取ってるわけだからね」
「そこまで調べられたら、かなりリスクあるわね」
「どういうことだよ?」
「つまり税務署が実態は贈与と判断した場合、贈与税は受け取った側が払うことになるのよ。追徴課税の可能性があるって言えば分かるかしら?」
「そんな…それじゃあどの道金はかかるってことか。けど、それじゃあ仕送りは…」
「それも追徴課税でしょうね。だって私は最初月八万で納めていたのよ。贈与税がかからないようにするために。年間で百十万円以内なら税金はかからないの。でも少なすぎるって文句を言ってきたでしょ。それで先月から十五万になった。その辺りの計算はまだできていないけど、仕送りの増額を頼んだのだから、それくらい支払うのが筋だわ」
「そんなことになるって知らなかったんだよ」
「仕送りだけの話じゃないわ。贈与税って、二千万だといくらかかると思う?だいたい八百万くらいかかるのよ。貸し付けなんて本来トラブルの元になるし、契約書も説明も必要で面倒でしょ。でもそうしないと贈与税だけでかなり取られちゃうから。貸していることにしておいた方が、あなたたちには損がないと思ったの。私にはリスクがあったけど、税理士・弁護士の先生にも相談しながら、貸し付けの書類も慎重に作成してきた。私なりの優しさだったけど…無駄だったみたいね」
「こんなの詐欺じゃないか!母さん、そこまでするのか…」
「あなたたちが私にしたことに比べれば、優しいものよ。よくみさんと相談して決めてね。私はどっちでもいいから」
三時間後、今度はみから電話がかかってきた。
「お母さん、こんなのひどすぎる。私のママに相談します。私の実家だって裕福だし、いざとなったら実家に…」
「あら、そうなの?相談できるといいわねえ。あなたのお母様、けい子さんね。最近、不人会でご一緒してるのよ。あなたが私に何をしたか、けい子さんにも全部話したわ。けい子さん、すごく怒ってたわよ」
「そんな…ママがそこ知り合いなの?」
「けい子さん、娘の教育を間違っていたって泣いて謝ってくださったわ。それで、あなたへのサポートを減らすって。そう?いきなり『もう手伝わない』とか言っておかしいと思ったら、あんたのせいだったの?」
「私の実家まで、お母さんのせいで…」
「私のせい?あなたが私に何をしたか忘れたの?ATM扱いして、金扱いして、ダメ親扱いして。それでも私は優しくしてあげてたのよ。その優しさに気づかなかったあなたの落ち度ね」
数か月後、大機からの留守電が残されていた。
「母さん、頼む。家を失った。車も没収された。嫁の実家からも見放されて、職場でも成績も評判も悪くて、追加手当ても出なくて、手取りだと二十二万くらいしかない。母さん、俺、間違ってた。昔のアルバム見たんだ。母さん、俺を愛してくれてたんだな。俺、被害者ぶってただけだった。ごめん。本当にごめん。やり直したい。みさとも喧嘩ばっかりで、もう離婚するかもしれない。子供にも会えなくなるかもしれない。全部、俺が悪かったんだ。お願いだよ。返事してくれ」
一週間後、母は一通の手紙を書いた。
「大機へ。親として最後のメッセージです。あなたは、俺たちに金出すのが親としての責任と言ったわね。でも私をATM扱いした時点で、私はもう親じゃないの。だから私も言うわ。二度と連絡しないで。遺産相続からも、あなたを除外します。沖縄の別荘も不動産収入も、全て姉の孫に譲ります。あなたには一円も渡しません」
その夜、大機からまた電話があった。
「母さん、待って。お願いだから。俺が全部悪かった。もう一度だけチャンスをくれ」
「さようなら。私の息子だった方。もう私は一人で生きていくわ」
その後、大機とみさんは狭い賃貸アパートで暮らし、子育てに奮闘しているそうだ。共働きでもかつかつで、夫婦仲は最悪、毎日喧嘩が絶えない。みさんの実母であるけい子さんも、彼女には冷たく、「自分たちで何とかしなさい」と突き放しているらしい。
支援のない子育てが辛いことは、母自身もよく知っている。だからこそ、二人が苦労しないようサポートするつもりだったが、それを無駄にしたのはあの二人だ。これから先、苦労することだろう。
一方、母は沖縄で充実した第二の人生を送っている。姉の孫からもおばあちゃんとして慕われているため、寂しい老後というわけではない。過去を振り返ると少し悲しくなるが、今後は振り返っても幸せだったと思える人生を歩もうと思っている。
