三年前、私は結婚式当日に夫に逃げられた。式場で何時間も待っても現れず、家に帰ると机の上に離婚届が置いてあった。夫と寝取ったのは、私が一番信頼していた幼馴染みだった。彼女は電話で笑いながら言った。「あんたに彼はもったいないわ」それから三年後、二人から結婚式の招待状が届いた。「絶対来てね」と手書きのメッセージ付きで。あの瞬間、私は震えるほど嬉しかった。復讐のチャンスがついに来た。私は満面の笑みで…
ホテルの控え室に通された瞬間、目に入ったのは真っ白なウェディングドレスを着た彼女の笑顔だった。 「来てくれてありがとう」 三年ぶりに会った沙耶は、この世で一番幸せそうな顔をしている。かつて私の夫だった久志は、その隣で気まずそうに目をそらした。 私は胸の奥で冷たく笑った。今日という日を、私はずっと待っていたのだ。 三年前、私は久志と結婚するはずだった。大学の先輩で二歳年上の彼からのプロポーズは、思い出のレストランでのテンプレート通りのサプライズだった。それでも涙が出るほど嬉しくて、その場で「はい」と答えていた。結婚記念日にしたい日があったから、先に入籍だけ済ませ、新居を探しながらしばらくはそれぞれ一人暮らしを続けることにした。いわゆる形だけの結婚だ。 式の準備を進めるうち、久志はだんだん仕事ばかりを優先するようになった。打ち合わせにも来ない。「好きにしていいよ」とだけ返してくる。新婚旅行のための休みをなんとか確保しようと必死なのだという。理由が理由なだけに仕方ないと思いながらも、一人であれもこれも決めるのは骨が折れた。彼の帰りが遅くなり、泊まり込みの仕事が増えていくたび、不安は募っていった。 そんな私を支えてくれたのが幼馴染みの沙耶だった。落ち込んでいる私にいつも明るく声をかけてくれて、愚痴を聞いてくれた。彼女は最後には決まって久志の肩を持った。それがかえって嬉しかった。話していると気持ちが軽くなった。私は二人の結婚を心から祝福してくれる彼女を信頼していた。結婚式ではスピーチまで買って出てくれたのだ。 そして迎えた結婚式当日。集合時間を過ぎても久志が来ない。電話にも出ない。私は何十分もスマホを片手にため息をついていた。父が彼のアパートに向かったが、LINEすら届かない。後から聞いた話では、父がインターホンを何度鳴らしても反応がなく、大家を呼んで鍵を開けてもらったらしい。しかし部屋に久志の姿はなかった。 現場は大混乱に陥った。式は中止になり、私は目の前が真っ暗になった。 母と帰宅した私を待っていたのは、机の上に置かれた離婚届だった。久志の署名が入っている。事件でも事故でもない。彼は自分の意志で式場に来なかったのだ。 体の力が抜けた。何度電話しても繋がらない。実家に戻ってきた私は、スマホを握りしめたまま、きっと心配しているだろう沙耶に電話をかけた。 「やっと電話来たねえ。離婚届け見た?」 心臓をぎゅっと掴まれた。どうして彼女が離婚届のことを知っているのか。どうしてそんなに嬉しそうなのか。 「あんたに久志君はもったいないわ。私がもらってあげる」 その瞬間、私は気づいた。沙耶もあの日、式場に来ていなかったのだ。あんなことがあって、普段の彼女なら私の元に駆けつけてくれないはずがない。 沙耶は笑い声を残して一方的に電話を切り、すぐに一本の動画を送り付けてきた。今朝撮ったというその動画の中で、ベッドに座る二人は自分たちの関係を自慢するように暴露していた。一年以上前から付き合っていると宣言し、本当は結婚する気なんてなかったと語る久志に、私は絶望した。 なぜ直接言ってくれなかったのか。私が勇気を出してかけ直した電話に出たのは、やはり沙耶だった。 「かけてくると思ってた」 クスクス笑う声に、私は反射的に電話を切った。それ以降、何度かけ直しても通話中だった。 あれから三年。私は形だけの夫を捨て、新しい人生を歩き始めていた。そんな私の実家に、一通の結婚式の招待状が届いた。差出人は沙耶と久志。宛先は沙耶の実家になっている。手書きのメッセージが添えられていた。 「ついに結婚します。絶対来てね」 母は怒りで手を震わせていた。だが私は、満面の笑みで出欠の返事を送った。これでようやく慰謝料を請求できる。不意に巡ってきたチャンスに、全身の血が沸き立った。 式場に足を踏み入れると、元義母が気まずそうな顔で駆け寄ってきた。彼らには三年間、久志の行方を知らされていたのに何も連絡をもらえなかった。それでも謝罪でもしてくれるのかと、つい期待してしまう自分がいた。 控え室には予想通り、元義両親と久志、そして白いドレスの沙耶がいた。 「来てくれてありがとう」 沙耶は聞いてもいないのに、最近妊娠が分かったのだと嬉しそうに目を細めた。私にした仕打ちをまるで忘れ去ったかのような態度に、苛立ちが込み上げる。 「え、まだ昔のこと何に持ってるの? やだ、執着すぎ」 ケラケラ笑う沙耶に、久志は穏やかな表情で微笑んだ。 「来てくれたってことは怒ってないよな。もう三年経ったから法律的にも時効だし」 私は静かに決意を固めた。二人が心から反省しているなら許してやろうと思っていたが、そんな慈悲はもう必要ない。 沙耶は無神経にも、私にスピーチをしてほしいと頼み始めた。久志の両親が慌てて止めるのも構わず、彼女は上機嫌で言う。 「結婚式でスピーチしてくれない?」 願ってもない申し出だった。私は笑顔で了承し、会場へ向かった。 招待客のほとんどは二人の同僚で、私の知り合いはいない。無表情で式をやり過ごし、スピーチの順番が回ってきた。満面の笑みで祝福の言葉を述べる。 「ご結婚おめでとうございます」 全員の目が自分に向いているのを確認して、私は大きく息を吸った。 「久しぶりに連絡くれてありがとう。やっと三年前の慰謝料を回収できるわ」 会場が一気にざわついた。沙耶は予想通り、机を叩いて立ち上がった。 「それはもう時効でしょ!」 彼女の反応は、自ら慰謝料を請求される何かがあったと認めるようなものだ。会場は総然となり、披露宴は中断した。 私たちはスタッフの誘導で一室に集められた。沙耶は泣き叫び、久志は困惑している。沙耶の両親に説明を求められ、私は三年前のことを事実だけ淡々と話した。感情は抜きにして。 沙耶の両親は、娘に離婚歴があることさえ知らなかったようで、真っ青になっている。すると沙耶は全部私の嘘だと言い始めた。私たちは二年前に知り合ったのだと。久志はどちらに話を合わせるべきか、目を泳がせるだけだ。 私はスマホを取り出し、あの動画を再生した。画面の中の沙耶は、当時久志の妻だった私に見せつけるように、べったりと彼に寄り添って不倫を語っている。 その時、ドアの向こうから力強いノックが聞こえ、私が依頼していた弁護士が入ってきた。沙耶は両親からスマホを取り上げようと無我夢中で手を伸ばす。久志の両親は立ち尽くすだけだ。 久志がすがるような目でこちらを見た。 「でも時効は三年だろう。今さら慰謝料は請求できないはずだ」 「残念だけどできるのよ」 私の言葉を聞いた途端、沙耶はぴたりと動きを止めた。 実は私は、離婚届けをあの日から半年以上も提出していなかった。当初は絶対に離婚してやるもんかと思っていたからだ。離婚原因に対する慰謝料は、問題が発覚した時ではなく離婚した時点から三年間請求できる。つまり、まだ請求期限を迎えていないのだ。 沙耶は怒りで震え始め、「離婚届けを出さなかったのはずるい」と騒ぎ立てる。弁護士がいくら説明しても、彼女は聞く耳を持たなかった。 私は相手をするのが馬鹿らしくなり、弁護士に任せてドアに向かおうとした。すると久志が、へらへらした作り笑いを浮かべて近づいてきた。 「ななみ、待ってくれよ。話せば分かるって」 この期に及んで空気の読めない久志に、我慢の限界だったのは私だけではないらしい。次の瞬間、激怒した沙耶の父に殴られて、彼は床に転がった。 二発目は沙耶にも飛んだ。彼女の父は二人を怒鳴りつける。 … Read more