「ねえ、マリー、もう俺たちの関係も終わってるし、お前も色々気づいてるんだろ。」
いきなりそんなことを言われて、何のことか分からなかった。何に対して気づいているのか、普通は聞き返すだろう。
「それくらい察しろよ。お前がそんなんだから、俺たちの関係も終わったんだぞ。」
「関係が終わったのは、あなたが浮気したからでしょ。自分のこと棚に上げないでよ。」
「やっぱ知ってたか。なら話は早い。俺と彼女は、お前が買おうとしている新築の家に住むことにした。だから、その家をくれよ。」
「はあ?何の話?」
「財産分与の時に、お前がいくら持ってるか把握する必要があるだろ。だから、部屋の中に金目のものがないか探したんだよ。」
「ちょっと待って。勝手に私の部屋に入ったの?しかも、やってること泥棒じゃない。」
「財産を隠されたら、財産分与しにくいだろ。当然の権利だ。」
「財産分与は権利だけど、パートナーの部屋を勝手に物色していい権利はないわよ。」
「うるせえな。とにかく、そこで見たんだよ。家の見積もり書を。」
「あれを見たの?」
「見たぜ。お前、家を買うつもりなんだろ?出ていくんだから、買うわよ。でも、そんな豪邸のつもりはなかったけど。」
「世田谷って結構いい場所だし、2億くらいの価値があるんだろ。ネットに書いてたぞ。お前、自分で家を買うのに、そんなことも調べてないのかよ。調べるくらい常識だろう。」
「あなたのそういう、人をいちいち下げないと気が済まないところ、本当に大嫌いよ。大体、人の部屋を勝手に漁ったくせに、何が調べただ。」
「うるせえな。お前が家を買うのは変わらないんだろ。なら、その家は俺がもらうわ。」
「はあ?本当に意味が分からないんだけど。頭、大丈夫?」
「まあ聞けって。今の家は俺の実家の持ち家だろ。」
「ええ、そうね。」
「だから、財産分与の対象にはならないけど、もうボロいし、新しい家が欲しかったんだよ。」
「確かに、あちこちガタが来てるし、地震が来れば危ないわね。」
「この家だろ。お前、どうせ家を出てくじゃん。なら、お前が結婚中に買った家を財産分与の対象にすればいい。簡単だろ。」
「そんな無茶が通るの?」
「実際、結婚中に買ってれば対象だろう。」
「そうだとしても、どうして私があなたに渡す前提で買わないといけないの?」
「弁護士に聞いたんだけど、財産分与ってなかなか面倒なんだよ。俺の友達もそれで揉めてさ。俺はそういうのしたくないし。」
「だから何?話が読めないんだけど。」
「お前だって、俺に時間を使いたくないだろ。だから、家とそれ以外の財産全部で、簡単に財産分与しようぜ。家具も、どうせエミが買い直したいって言ってたし、捨てる手間も省けるわ。」
「もう隠す気ないのね。愛人の名前を出すなんて。」
「別にいいじゃん。もう。それに、お前だってメリットあるじゃん。」
「けど、共通財産にするなら、あなたもお金を出さないといけないわよ。」
「俺は実家を売ったお金があるから、実質あまり出費にならないし。その代わり、家具と車は全部お前のもの。お前は家の金額の半分で、家具や車も全部手に入る。もし足が出るなら、それはまあ払ってやるよ。つうわけで、見積もりし終わったんだろ。あの家、買っといて。」
「つまり、家の代わりに家具は全部私がもらえるって認識でいいの?」
「そうだよ。どうせお前、几帳面だから、家具とか細かいものを全部持ってくだろ。」
「几帳面だから持っていくわけじゃないわよ。でも、使い慣れたものを手放すのは確かに惜しいわ。」
「お前は家具もらえるし、俺は家もらえるし。ウインウインじゃん。」
「本当にそれでいいの?後で何か言われても、名義変更したらあなたの土地になるわよ。」
「それでいいって言ってるんだろう。むしろ早くしてくれよ。エミとすぐ住みたいし。」
「後で文句を言われたくないから、制約書を作るわ。」
「制約?めんどくさいなあ。」
「トラブルにならないためよ。あなたも損はしないし、いいでしょ。」
「まあいいか。早く終わらせたいし。じゃあ、それ早くよな。」
2週間後、私は書類を作ってきた。
「内容、確認した?」
「してないけど、サインしたぞ。」
「してないの?」
「だって、離婚届と財産分与の件だろ。ざっとしか読んでないけど、嘘書いてなかったし。」
「そうならいいわ。離婚届は出しに行くわね。」
「ああ、ならさっさと出てってくれ。」
「え?」
「金は払ってもらうが、お前はこの家から出てけ。邪魔だ。」
「言われなくても出ていくわ。荷造りもしたし。けど、邪魔なのね。分かった。出てくわ。」
「やった。これで俺とエミの新生活が始まるわけだ。世田谷の豪邸で優雅な生活。お前は古い家具でも持ってけよ。」
その日のうちに、私はエミの職場へ行った。
「エミ、ちょっといいかしら。」
「あれ?どうしたの?急に仕事なんかあった?」
「いいえ、仕事の件じゃないわ。それなら職場で伝える。あなた、健太と浮気してるわよね。知ってるわよ。」
「え、何のこと?」
「知らばっくれないで。どうせもう分かることでしょ。」
「バレてたの?」
「知らないふりをするのは大変だったわ。毎日職場で顔を合わせてたからね。」
「ねえ、今更何?もう離婚するんでしょ?」
「ええ、するわよ。」
「マジで?やった。聞いたよ。家を買うんだって。それなのに住めないとか、かわいそう。」
「あんた、金だけ払って損ね。しかも、健太を奪ったのは私。女として私の方が上ってことも証明されたし。」
「バレた途端、すごい見下してくるわね。」
「バカすぎるんだもの。どう考えても、古い家具と新築が見合うわけないじゃん。それなのに、その条件でOKするとか、何考えてるの?」
「何が大事かは人それぞれよ。」
「負け惜しみ?健太はエリートで年収もいいし、選ばれた私が勝ち組じゃん。あんたは負け犬。しかも、世田谷の豪邸で優雅な生活するの。あんたは古い家具でも持ってけば、まあせいぜい楽しんでね。」
「ははは。何その余裕?負け惜しみも大概にしなよ。今頃泣いてるんでしょ?」
「さあね。」
翌日、私は引っ越しを終え、隣人の原さんに報告した。
「今、家を出たよ、原さん。」
「そうか。それは良かった。作戦はうまくいったかい?」
「うん。まあ、なんか嵌めたみたいで心苦しいよ。」
「嵌めた?変なことを言うね。君は旦那さんの言う通りにしたんだろう。」
「そうだけど、大体旦那さんが見積もりを勝手に見ていたのが悪い。くわばら、伴侶といえどプライバシーはあるからね。その辺の境界線を踏み越えちゃだめだよ。」
「確かに。」
「それに、君は何か悪いことをしたのかい?旦那さんに言われた通り、見積もり書の中にあった家を買った。そしてそれを財産分与した。しかも、旦那さんは手続きをほぼ君に丸投げしてね。もしちゃんと向き合っていたなら、どこかで気づくはずだよ。気づいていない時点で、向こうにだって落ち度はあるさ。」
「そう言ってくれるのは、原さんくらいだよ。」
「お隣さんの様子見さ。もうお隣さんじゃなくなっちゃったけれどね。」
「お世話になりました。今まで。」
「ああ、いやいや、こちらこそ。おいの相手をしてくれてありがとう。それから、渡したあの制約書だけど、知り合いの弁護士に作ってもらったから、その辺は安心してほしい。弁護士さんの名刺も後で送っておくから。制約書はその弁護士さんに預けておくといいよ。」
「ありがとうございます。」
2週間後、健太から電話がかかってきた。
「これ、どういうことだよ。言われた住所に行ったら、世田谷の豪邸じゃないじゃないか。辺鄙な土地だし、家も狭いし、話が違うだろう。」
「話が違うって、どういう話になってるの?」
「お前、買ったんだろ?なんでこんな辺鄙なところになってるんだよ。」
「ああ、それね。確かに家は買ったわよ。2つね。」
「はあ?」
「あ、あなた、見積もり書を見たって言ったわよね。実は、見積もり書は複数あったのよ。」
「確かに何枚かあったな。」
「あなたが勝手に見ていたのは、その中の1枚に過ぎなかったわ。で、あなたは言ったわよね。『見積もり書の家を買え』って。だから買ったわ。辺鄙で使い勝手の悪そうな土地をね。」
「ちょっと待てよ。家を2つ?そんな金ないだろ。」
「その辺鄙な土地はね、知り合いのおじいさんが譲ってくれたのよ。ものすごく格安でね。」
「譲ってもらった?」
「使い勝手が悪くても、必要ないけど、平屋にして駐車場にすれば、少しばかりのお金にはなるかもしれないってね。そこまでするつもりはなかったんだけど、場所が気になったから、見積もり書というか、家の見取り図を送ってもらってたの。」
「でも、ならお前、今どこに住んでるんだよ。」
「私?私はあなたが欲しがってた家に住んでるわよ。」
「はあ?なんで?ていうか、それは財産分与した家だろう。」
「お金の問題なら、この家は祖父から遺産で買ったものよ。」
「遺産?」
「ええ、私が引き継いだの。家族会議の結果ね。で、弁護士さんに聞いたけど、遺産で買ったものは財産分与の対象外だそうよ。」
「そうなのか。」
「ええ、だから対象になるのは、その辺鄙な土地だけ。そして、私は契約書通りに名義変更した。それだけよ。その土地はあなたのものだから、好きにしてね。」
「こんなの策略じゃないか。嵌めやがったな。」
「変なことを言うわね。嵌めたってどこが?私はちゃんと言われた通り、あなたが見ていた見積もり書の中で決めたわよ。財産分与の対象になるよう、自分のお金で買える家をね。あなた、全部私に丸投げしたじゃない?自分で契約しなかったのはそっちでしょ。それに、手続きを人に任せるなら、ちゃんと確認するべきだったんじゃない?そんなあなたが『早くしろ』って急かしたから、私が全部手続きしたのよ。それで文句言われても困るわ。」
「でも、世田谷の豪邸って、あなたが勝手に思い込んだだけでしょ。私はそもそも豪邸に住むなんて一言も言ってないわ。勝手に思い込んだのはそっちじゃない。」
その頃、健太とエミは新居で言い争っていた。
「マジでありえない。辺鄙すぎるし、家めちゃくちゃ狭いじゃない。2億のはずじゃなかったの?」
「全く同じ反応してるわね。さすが、類は友を呼ぶ。」
「いいから答えてよ。どういうこと?周りに何もないし、スーパーも遠いし、最悪なんだけど。」
「事情はもう話してるわ。あとは夫婦で話し合えば?」
「ああ、まだ籍を入れてなかったんだっけ?なら、あなたただの同居人でしょ。同居人なら、大人しく住んでおけば?」
「捨てられたくせに、私を見下すな。」
「プライド高いわね。本当に見下してるんじゃなくて、事実でしょ。」
数日後、健太からまた電話があった。
「近所の奴らがうるさすぎる。ゴミの捨て方に文句言われたし、俺たちを見てこそこそ噂話しやがった。何なんだよ、これ。」
「なんで私のせいになるの?こんな物件を選んだお前のせいだろ。」
「最後まで放置してたのはそっちじゃない。そういう地域の情報まで調べる義務は私にはないわ。近所に怒られるのは当たり前よ。」
「なんだと?」
「ゴミだって、あなた地域のルールを守らず、夜遅くに出したりしてたじゃない。今まではトラブルにならないよう、私が事前にゴミを回収したりしてたの。」
「え?そ、そうだったのか?」
「ええ、そうよ。今はそんなことしてくれる人もいないものね。」
「でも、全部俺が悪いわけじゃねえだろう。今日なんて、駐車の仕方にも文句言われたんだぞ。それで隣の人が怒鳴り込んできたし。」
「それは隣人トラブルね。ご愁傷さま。」
「こんなところ、住める場所じゃないって。毎日誰かに文句言われて、頭おかしくなりそうだ。夜、少し音を立てただけで怒鳴られるし。最悪すぎる。」
「新しく引っ越してきた人間に特に厳しい地域なのね。こんなの聞いてない。」
「私だって知らなかったわ。よかった。そんなところに引っ越さなくて。そりゃ、駐車場にしようと思われるわけだわ。」
数時間後、エミが健太に文句を言っていた。
「ねえ、エミ、どう?新しい家は、あんたのせいで本当に最悪なんだけど。」
「あら、どんな感じで最悪なのかしら?隣人トラブル?それはあいつが悪いの。私は知らないわ。それよりも、せっかく買った家具が全然入らないんだけど、どうしてくれんのよ。気に入ってた大きなソファーも横幅大きすぎるし、ダイニングテーブルも玄関に通らない。」
「それは大変ね。せっかく買ったのに。こんなことになるなんて。見栄張って大きな家具にしたのよ。家を見ずに家具を買ったのが悪いんじゃないの?離婚後に家具は私がもらっちゃったから、あなたたちは何もないのよね。いい家具をくれてありがとう。」
「あんた、まさか最初からそのつもりで?」
「ここまでうまくいくとは思わなかったわ。正直、土地って高いから、財産分与としてはこっちの方が損をしてるんだけどね。でも、使い勝手のいいものを手放したくなかったし。こっちは快適よ。広々としたリビングに使いやすいキッチン、毎日快適に過ごしてるわ。ああ、家具が入らないなら、こっちで引き取るわよ。多分、余裕で入るから。」
「私を見下すな。女として負けてるくせに。」
「その『女』っていうのは、美貌のこと?美しさなんて、年と共に変わっていくわ。勝ち負けなんて、そもそもないのよ。」
「私の方が優れてるに決まってる。そうよ。そうに決まってるわ。」
「ああ、あなた、何かにつけて私と競ってたわね。新卒で入社して、成績はあんたの方が上で、むかついてたのよ。私は愛想が良くて周りに人がいたのに、大事な仕事を任されるのはいつもあんた。影で私は『仕事ができない』って笑われてたの。『笑ってお茶だけ入れてたらいい』って。見返したいって思うのは当然でしょ。」
「それなら、仕事で見返せばよかったじゃない。人の旦那を略奪した結果がこれ。あなたたちは辺鄙な土地で狭い家に押し込められて、近隣トラブルに悩まされて、挙句の果てには買った家具も入らない。大変ね。」
「むかつく。ふざけんな。」
「好きに暴言でも吐いて。言っとくけど、これで終わりじゃないから。」
数日後、健太に慰謝料請求の書類が届いた。
「おい、なんだよこれ。慰謝料請求?こんな金払えるわけないだろ。」
「弁護士を通じてお願いしているから、連絡は弁護士にしてくれない?」
「いや、待てよ。慰謝料の金額見たか?こんなの無理だって。」
「慰謝料請求50万なんて、よくある話でしょ?それに、浮気の証拠は揃ってる。正式に請求してるんだから、拒否はできないわよ。」
「こんなのありかよ。」
「浮気した方が悪いわ。今、あなたの手元にあるのは、辺鄙な土地と入らない家具だけでしょう。そんな状態で50万も払いたくないわよね。」
「な、なんとか…」
「見逃すわけないでしょ。私が買った家を乗っ取って追い出そうとしたのはそっちよ。」
その頃、エミも健太に電話していた。
「ねえ、慰謝料請求来たんだけど、なんで私まで?」
「知らねえよ。俺だって払いたくねえのに。」
「どうするのよ。こんなゴミみたいな土地しかないのに。」
「こんな家、嫌。すぐ売ってよ。」
「売りたいけど、無理なんだよ。」
「は?」
「この土地を売っても、大した金額にならねえんだよ。」
「そんな…」
「実家はもう売って、家を買う金にしてるし。こんなはずじゃなかったのに。」
数日後、健太が私に電話をかけてきた。
「頼む。助けてくれ。」
「今更何?お金は支払ってよね。」
「やろうとしたんだよ。土地を売ろうとしたけど、手もつかねえし、焦って仕事ででかいミスしちまって、職場での立場も危ういんだよ。」
「それは自業自得だし、助けてくれって、どの口が言ってるの?あなたが私に何をしたか、覚えてるよね。」
「だから謝ってるだろう。」
「謝って済むレベルだと?」
「浮気をして、私を追い出して、散々馬鹿にして。あの時、私がどれだけ悔しかったか、悲しかったか、あなたには分かる?」
「それは悪かったと思ってる。」
「悪かったと思っているなら、最初からしなければよかったのよ。私はあなたのために引っ越し先まで全部手配して、手続きも全部やらされたの。しかも、浮気相手の前で私を惨めだと言われてね。あなたは私の時間も感情も全部踏みにじったの。弁護士を通じてお願いしていることは変わらないわ。それ以上でも以下でもない。さようなら。」
「待ってくれよ。頼むよ。」
その頃、エミも私に電話をかけてきた。
「お願い。少しだけでいいから助けて。職場で浮気が知れ渡って、居づらくなってるの。このままじゃ会社をやめないといけなくなる。」
「あなたに助けてと言われる筋合いはないわ。職場で毎日私の顔を見ながら、ずっと裏切り続けてたよね。それだけじゃない。私が傷ついているのを分かってて、わざわざ連絡してきて『惨めだね』と笑ったじゃない。あれは本当に許せなかったわ。」
「それは…その…」
「あなたは私のこと見下してた。同じ職場で毎日笑顔で話しかけてきたのに。その裏で健太と関係を続けてさ。私に向かって『金だけ払って損ね』と笑い飛ばしたじゃない。」
「ごめんなさい。本当に反省してる。」
「既婚者だと分かっていて近づいて、それで今更反省?都合が良すぎるわよ。女として上だと思っていたんでしょ。でも、結局どうなった?健太と知り合いながら、狭い家に押し込められて、仕事も失ってさ。これがあなたの選んだ結果よ。自業自得じゃない。」
「お願いします。なんとかしてください。」
「あなたは私から全部奪ったと思ってるようだけど、結局あなたは何も手に入れられなかった。健太も家も仕事も、全部失ったじゃない。女として上?笑わせないで。あなたの手元には何も残ってない。辺鄙な土地と入らない家具と、知り合う相手だけ。それで私に泣きついてくるとか、恥ずかしくないの?」
「う、で、でも…」
「でもとか、そういうのいらないわ。私が傷ついているのを分かってて、わざわざ連絡してきて笑ったこと、絶対に忘れない。だから、永遠に許すこともないわ。どうか2人で、罵り合って生きてね。惨めな夜って感じになったわ。」
2人に言いたいことも言えたし、すっきりした。
後日、原さんと会ってお茶をした。
「よく頑張ったね。うまくいって良かったじゃないか。私もいらない土地をようやく手放せたしね。」
「それにしても、原さんって何でも知ってますよね。弁護士さんも紹介してくれたし、土地だって安くしてくれたでしょ。普通の人じゃないですよ。」
「私はただの隣人だよ。」
「ああ、そうか。今は隣人じゃなかったね。」
「え?」
「ああ、そっか。引っ越しちゃったから。君の新しい家の隣にでも引っ越そうかな。」
「それはそれで面白そうですけどね。今はお隣さんがいなくて寂しいからね。こんな老いだけど、また相手してくれるかな?」
「もちろんです。これからもよろしくお願いします。」
その後、健太とエミは慰謝料を払えず、辺鄙な土地の家で罵り合う日々を送った。健太は仕事でミスが続き、職場での立場も危うくなり、左遷された。エミは職場で浮気が知れ渡り、居づらくなって退職した。2人は収入を失い、返済のために借金をし、返済に追われている。健太の実家はすでに売却済みで、帰る場所もないため、近隣トラブルも続く中、まだあの家に住んでいるそうだ。毎日誰かに難癖をつけられる日々は、きっと想像以上に苦痛だろう。
一方、私は世田谷の家でのんびり暮らしている。いつも挨拶をしていた原さんがいなくて少し寂しいが、離れていても人の繋がりは消えることはない。その証拠に、今も月に1度会ってお茶をしている。だからこそ、これからも人との繋がりを大事に生きていこうと思う。



